四幕_1
四幕
あおいの神楽
連雀の手本は完全に
神事当日に実際に使われる
「成功、させなくちゃ」
舞台の上、流れる
この神楽舞を成功させることが、鳥界山での暮らしに仙として交じるための第一歩。──最近そんな気がしている。そういうことを思う自分がどこかおかしくて、あおいは小さく笑って空を見上げた。
神域を囲む深い緑に切り取られた、雲ひとつない青い空が見える。
(わたし、仙として認められたいのね? 連雀や吉備さんだけじゃなくて、ここに住むたくさんの鳥仙たちに)
鳥界山に来てから、あおいは吉備と連雀以外の
町ですれ
(わたし、ここにいたい。いてもいいってみんなから認められて暮らしたい。仙らしいことは何一つできないけど、それでも……)
周囲から認められたいのは、自分で自分を認めるほどの自信がないから。
だからこそ、神楽舞を成功させたい。神楽がうまく
「午前の練習はもう切り上げるか。あとは夕になってから……」
本番で使うのと同じ
「わたし、もう少しやりたい。連雀は先に帰っていいから。太鼓もいらない。一人で
最近はすっかり鳥界山の町並みにも慣れてきた。道も覚えたことで連雀の心配も減ったのか、一人で出歩くことも許してもらえるようになっていた。
「無理をするな。仙気が乱れてるぞ」
「そう? 確かに暑いけど、もう少しできるし、やりたいの。いいでしょう?」
「……わかった。あまり無理はするなよ」
「うん」
あおいが
その後ろ姿を見送ることなく再びあおいは右手に
あおいは激しく足を踏み鳴らし、鈴と篠笹をふって舞い始めた。
神事で納められるのは
激しく、明るく
伝説によれば周囲の神々はそれに大いに盛り上がり、
それを合図に神鏡がつき出され、鏡に映ったまばゆいばかりの自身の姿に
情景を心に思い浮かべながら、あおいは無我夢中で舞った。
開いた岩戸をこじ開ける
激しい息を無理やり静かな呼吸へと整えて、あおいは深く頭を下げた。
(…………できた……)
額を舞台の上にこすりつけるようにして、ただただ自分の息の音を聞いた。
激しいようで、静かで。深いようでいて、浅い。
吸い込んだ息が
自分自身で
満足感が体中に満ちる。同時に、少しだけ残念でもあった。
連雀が見ているうちに、これだけの舞が出来ていたらよかった。彼が帰った後では、どんなに説明してもきっと信じてくれないに違いない。
それが
手を
「──よく、やったな」
かけられた声に驚いて、あおいははっと顔を上げた。
「ほんとうに、よく
目の前には、連雀の顔。息がかかりそうなほどに近い
「れ、連雀……帰ったんじゃ……」
「水を
「そ、そう、なんだ」
近い。近いっ!
尻餅をついた状態のあおいに、かがみこんだ連雀はその手をついと
目を開けてみれば、連雀が水で冷やした手ぬぐいであおいの?を
「
「……うん」
ありがとう、といった声は自分でも驚くくらい小さかった。体が
(見てて、くれたんだ。連雀……)
帰ったと思っていた。
暑熱の中、あおいのために毎日太鼓を打ち続ける連雀だって相当に疲れが
それが、うれしい。
出来のよかった
「ありがとう、連雀」
今度こそはっきりと言えた。汗にぬれた
「あとは、歌だけだな」
「思ったんだけど、それって津久見さんに指導をお願いできない? 彼女が去年までやってたんでしょう?」
「えっと、何かまずいの?」
「津久見なら、
「逃げ……ってどうして?」
言われた言葉の意味がわからなくて、あおいは数回
「地上界に人の
連雀は参ったというように目元を
恋人に縁談……。それで
「そのお相手って、もしかして十五年間ずっと彼女のことを待っていたの?」
「らしいな。相手の男はとっくに所帯を持ってないといけない
なるほど、それで歌を教える師がいなくなってしまったのだ。連雀は歌えないみたいだし、どうにかならなかったのだろうかと思ってしまう。
「二人で鳥界山で暮らすっていうのは
「ここは
結ばれたいなら、地上界に下りる。──その言葉で思い浮かぶのはやはり、
「わたしの両親、も駆け落ちしたのよね」
「……ああ。
結ばれるために手を取り合って鳥界山を去った両親。幸せだっただろうか、と思いを
「──っていうか、姫って?」
許可を出す立場のようだから、単に
「姫の話をしていなかったか?」
「してないわよ。鳥仙のお姫様?」
じゃあお
「姫というのは
あおいは首をふる。鳥仙をまとめる主。では鳥仙に仕事を
「大瑠璃は名のとおり
「瑠璃姫様って、きれいな方なの?」
「もちろんだ。翼の色もさることながら、髪の一本から
「……どういう方?」
「
「そ、そう、なんだ……」
連雀がその瑠璃姫に対して好感を
(……その表情は、なに? どうしてそんな顔をするの、連雀)
これは
自分でもそれがはっきりとわかる。自分でない女性について熱い目で語られるのが、とてつもなく嫌な気分だった。しかもその感情は連雀に対して向けられているのではなく、一度も会ったことのない瑠璃姫の方へと向いているのだ。
(こんな、
今の表情を連雀には見られたくない。とても見せられない。
あおいは立ち上がった。微かな風に
「おい、もう少し休んでから……」
「いいの。帰って横になりたいから」
自分の心根が恥ずかしい。
不思議に思って開いてみれば、小さくて平べったい、
「なにこれ」
「それは
「ひゃっ!」
あおいがそれをじっと見ていると、いつのまにか連雀が
「仙貨の一つで、
「よ、四〇〇文っっ!」
つまり
「四〇〇文っていったら、サザエの
言いかけて、ゆるゆると連雀の顔を振り
「それはもちろん、お前の手から出たんだろう。ようやく出せたな、仙貨」
「…………仙貨、これが、わたしが出した仙貨……」
あおいはその場にへなへなと座りこんだ。
いったいいつ、どうやって出したのかも覚えていない。けれど
「──────あ! そうだ、はいこれっ」
連雀から体を
「…………なんだ?」
「少ないけど、今まで色々と立て
「……立て替え?」
「立て替えをした覚えはないな。そもそも仙貨は金銭とは
「でも」
「お前の気が済まないというのなら、早く巣立つことだな。それまでは雛だ。大人しく
「うう……はい」
「わかったなら
連雀はそう言ってあおいのそばに
あおいは急いで汗を拭きとり
「あおい、気持ちはわかるがあまりぼうっとするな。転げ落ちるぞ」
「うん、わかってる。ただ……わたし、ほんとうに仙だったんだなって」
先ほど抱いた瑠璃姫への感情は現金なもので、すっかり
あおいは手のひらをそっと広げて見る。四〇〇文弱の価値だというその鼈甲の仙貨はまぶしく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます