二幕_1
二幕
「
小店の窓内でぱたぱたと炭火を
それを横目で
「──生焼けだ。もっとよく焼け」
「ちがいます。外はカリっ、中はトロっ、がおいしいんです。話、そらしましたね?」
「うっさい。
「ふふ、
こらえきれない笑いが
「神に仕える仙を化け物だと言ったんだぞ、あの
「ああ、目を覚ましてはまた気を失うの
「
「いえ、べつに。ただ、
「それはちがう」
連雀はふいと顔を
「崖から飛ぶように言った。そしたらあの娘が、
そのときだ。仙であるこの身を「化け物!」と大声で
対する吉備は
「………………ええと、そのこころは?」
「本能だ」
「はい?」
「
一応後ろ暗い気持ちはあるのか顔を
「それだけって、なにをアホなことを。自分の正体も知らずに育ち、
連雀は絶句し、ぎこちなく立ち上がる。
「────もう
空になった小皿の上に手をかざす。
手のひらがわずかに光を帯びた次の
「連雀。仙どうしで仙貨を
「細かいな。そもそもがタダならまけたっていいだろう」
連雀が三文を回収しようとすると、吉備が先にさっと手を
「きみからの
「早起きで得した程度の贈り物がそんなに
「わかっていますよ、口外しません。しかし猿兄弟も口が軽いですね、いくらわたしがきみの大親友とはいえ、口止めされていることをうっかり漏らしてしまうだなんて」
「どうせお前が口八丁で聞き出したんだろうが。だが、重ねてきつく口止めはしておく必要があるな」
できれば、
連雀がそう考えていると、それを読んだかのように吉備がゆるく首を
「どんなに口止めをしても結局はどこかから漏れます。
「わかってる。だから一刻でも早く巣立ちをさせる。その前に神事の準備が先だ。とにかく時間が無いというのになんだ、二日も
連雀は苛立たしげに
「目覚めているといいですね、その娘さん。きみにいいこと教えてあげます。『急がば回れ』ですよ。そんなにも急いでいるのなら、まずは
「だったらお前が引き受ければいいだろう」
「なにを言うのです。きみが
連雀は
外に出れば、まぶしい日差しとともに
「──連雀様、連雀様!」
「ポ
「そ、その娘が
はぁはぁと肩で息をつきながら、狸は連雀の前で頭を下げる。連雀はうんざりとした顔つきで一瞬空を
「ちゃんと見ていろと命じたはずだ」
「き、きちんと見ていましたとも! ですのできちんと
「おやおや、逃げられちゃったんですか? やはりよほど
明らかに
「うっさい」
「あちらです、連雀様! 道を下った先、
連雀は駆け出した。後ろを楽しそうに吉備がついてくるのを
黄色や赤の飾り羽がついた
あおいは走っていた。
足はだるく
けれど、それでも走る。
(これは、夢! だけど、どこからどこまでが夢なの!?)
夢なら逃げる必要はないとも思いながら、それでも足が止まることはない。夢とわかっていても怖いものは怖いのだ。
(化け物の
あおいが目覚めたのは、ふわふわのまるで雲のような
起き上がってみれば、身につけていたのは
────けれど。
それはとんでもない思い違いだったのだ。
着いた早々に寝込んでしまったのかと慌てて人を呼べば、
その次の記憶はまた布団の中だった。再び起き上がって、同じように人を呼べば同じように狸がやってきた。しかもその次起きたときには狸はすでに室内に入っていて、あおいが寝ている布団の横に
空腹から思わず
だがさすがにこの
(あんな、虫と木の実だらけの
あおいが今
あのあと庭園の木々に
明らかに違うとわかったのは、そのお屋敷で右に左にと
(なんなのなんなのなんなのここ───!? もういや──っっ)
振り返れば、追いかけてきていた大狸の門番がようやく見えなくなっていた。
それでも
狸に
あおいは転びそうになりながらも一つの角を曲がる。逆くの字のように折り返すそこを過ぎると、今度は二階建ての小店が立ち並ぶ、いかにも庶民的な町人地の風景が現れた。
(武家地と町人地? 江戸によく似てるわ)
大路を挟んで並ぶ
「あ、っと、ごめんなさい」
おどおどと周囲を
(人間!)
助けて、と言いかけて、あおいはぎょっと目を
男性の目の周りには
「ひ、ひと!? 化け物!?」
男性が何を言うより早く、再びあおいは駆けだした。
よく見れば、通りには歩くケモノ以外にも、美しい人間の姿をした者たちの姿がある。しかし彼らの髪に黒は少なく、赤に白に
海を
町人地に似た町を抜けると、視界は一気に開けて
数段を駆け下りて、あおいはようやく足を止める。限界だ。もうこれ以上は走れない。
周囲を見回して追ってくるモノがないことを
ゆっくりと呼吸を整えてから、棒のようになった足をさする。あおいは
「…………だめ。頭が混乱して、なにを考えたらいいのかもわかんない」
なんだか変だ。これはたぶん夢なのに、走ればすごく苦しいし、腰をおろした畦からは
(まぁ、夢だって言うならやっぱり玉の
赤みがかった灰褐色の髪の男。背が高くて、きれいな顔なのに目元が
「あれ? あの人の案内で
記憶が不思議とぼんやりしている。思い出そうとすると、背すじにゾッと
なんだか嫌な予感がする。謎のお屋敷では化け狸に驚いたけれど、それよりも前に化け物を見たような……。しかもなんだかあの男と無関係ではないような感じがする。あの人も狸だったんだろうか。
「……って、これってもしかして、化かされていたってこと?」
あおいはさっと青ざめた。
「どうしよう! じゃあここは昔話でよく聞く『化け
思わず立ち上がると、背後でこらえていたものを
ぎょっとして
「──つ、翼……」
腰が
一人はそう、例の使いの男。その背には髪と同じ色合いの大きな翼が一対。風切り羽には白や黄色の模様と赤い
もう一人は初めて見る男だ。顔立ちは使いの男とは対照的にほんわかと
その優しげな男のほうが、
「ば、化け狸の里……ふふ、おもしろい
「吉備、笑う前に
「なにいってるんです。そこまで誤解させるような連れ出し方をしたのはきみでしょうに。ねえ?」
ねえ、という同意を求める言葉が自分に向けられたものだと気がつくのに、あおいは五
「あ、は、はい……?」
腰が砕けて
「
「…………違いが、よく…わからないんだけど」
勇気を出してそう口に出した。吉備は気分を害した様子もなく困ったように笑う。
「でしょうね。連雀も道中きちんと説明をしながら連れてくればよかったものを。かわいそうに」
「説明が必要だとは思わなかっただけだ」
苦い表情で連雀も一段をおりてあおいに並ぶ。
「だが、必要だというなら今答える。何でも聞け、一つずつな。俺は連雀。こっちは吉備だ」
彼の言葉にあおいはすぐに口を開いた。
「ここは、わたしの夢の中じゃないの、よね?」
「ちがうな」
「ここはどこ」
「鳥界山だ」
「ちょうかい山?」
確かに山だ、とは思う。ここまで逃げてきた道はずっと
「だけど、普通の山じゃないわ。変な狸とか変な
「当然だ。鳥界山だからな」
要領を得ない連雀の答えに、吉備が助け
「鳥界山とは、
頭痛がしそうだ、とあおいは思った。わけがわからない。もしかしたらまだ狸に化かされている
「仙て、
「まあ、
「鳥!? 鳥も仙人になれるの?」
「なんだ、人だけがなれるとでも思っていたのか」
連雀は不快そうに
「そんなわけじゃないけど。そもそも仙人だなんてただのおとぎ話だと思っていたし」
「目の前に二人もいるだろう」
おずおずと視線を
「……かえして」
「ん?」
「元いた所に、江戸の町に帰して。仙人だって言うなら悪いことはしないんでしょう? わたしをわざわざさらってきて、
涙が出てきそうだ。
二人を真っ
「なによ?」
「……戻ったところで、貧しい
「あ、愛着なんてないわよ! そりゃ
「どうして?」
「人だからに決まってるじゃない!」
あおいは
奉公の下働きが玉の
──けれど、帰らなくては。仙界だとか化け狸の里だとか、
「早く帰してよ。あなたが連れてきたんでしょ?」
責めるように見ると、連雀は大きなため息を一つ落としてから立ち上がった。
「──わかった」
その言葉にほっとしてあおいも立ち上がる。だが、次の
「きゃっっ!」
あおいは小さな悲鳴を上げた。なぜだか連雀の
「や、やだ、なにを……!」
「やはり落とそう」
「は?」
見上げれば、その整った顔立ちと切れ長の目がすぐそこにあって、相手は人でないとわかっているのに反射的に顔に
「暴れるなよ」
「や、やだ……」
連雀はあおいの耳元に顔をうずめるようにして
「連雀、きみ、なにをしようとしてるんです!」
焦ったような吉備の声。
「もう一度落としてみる。それで本能が目覚めるかもしれない。説得するよりずっと手早い」
「ああもう、きみはまたしてもそんな馬鹿なことを!」
あおいは熱に浮かされたようにぼんやりとした目で吉備を見た。連雀の
あっと思ったときにはもう、足先に地面の
──空を、飛んでいる。
(あ)
あおいの
羽ばたく美しい翼、赤みのある
「ちょ、ちょっと、おろして!」
あおいは慌てて
「今おろす」
強くあおいを抱きしめていた腕が、言葉とともにぱっと離される。
「ちがう、ちがくって!! ちゃんとおろして! そっと、そぉーっとよ!」
「それは自分でやるんだ」
「なに言ってんの!? わけわかんないでしょ!」
「いいか、よく聞け」
連雀はずり落ちそうになってしがみ付くあおいを再び強く抱きなおす。
「いいか、お前は人ではない」
「ひ、人でなし!」
まるで
内臓は恐怖で
「うぅ、助けて。なんかいろいろ助けて」
「聞けといってるだろ。お前は人ではない。俺たちと同じ鳥仙だ」
「……………………はあ?」
「必ず飛べる。体の中心に力を入れろ。
「ぃぃいやあぁあああああああああ──────っっ!!」
あらん限りの悲鳴を上げた。
あおいは遠ざかる意識の中で、連雀に空から落とされるのがこれで三度目だということを思い出していた。
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