矛盾
アイオイ アクト
矛盾
男は悩んでいた。
世界初の頭頂高十メートルを超える、人型自律行動兵器の開発という仕事に悩んでいた。
今は実験段階で、まだ人に危害を加えてはならないという項目を含むロボット三原則はプログラムされたままだが、いずれ外さなくてはならない事に悩んでいた。
国産のありふれた白衣を身にまとわざるを得ない事に悩んでいた。せっかく買った着心地の良い海外製は、ロッカーにかけっぱなしだ。
男は女性に縁が無かった。妻はおろか、恋人すら一度として居なかった事にも悩んでいた。
これらのストレスは、すべて男の上司によってもたらされていた。
「お前には才能が無い」
「お前に舶来の白衣は似合わん」
「その年で結婚もしていないのか」
男はただそう思うだけだった。
数日に一度行われる模擬戦闘で、男の作った人型兵器二号機が勝利する事は稀だった。
来る日も来る日も、何をどう改修しても、上司の一号機に負け続けた。
一号機のAIは勝者としての栄光を学習し続け、二号機のAIは敗北の辛酸を学習し続けているかのようだった。
男は疑問を感じていた。
格闘技術も、射撃技術も、寝る間を惜しんであらゆるデータを叩き込んだ。
現に、シミュレーターの戦闘データは百戦百勝である。
次の模擬戦闘もまた、男の兵器が負けた。
「また私の勝利記録を伸ばしてくれたな」
「給料泥棒が」
「戦争に負けたら貴様のせいだ」
二号機の腕に仕込まれたアンカー射出機はまた阻まれた。
爆薬でアンカーを射出し、あらゆる物を串刺しにしてかつ、その場に釘付けにするという男の考えた兵器だった。
だが、そのコンセプトの正しさは立証される事無く、一号機に装着されたシールドに跳ね返された。
そのアンカーの破片が、いつものように、監視塔の窓にぶち当たって、地面に転がった。
「はっはっは! またお前の負けだ。今回は何日徹夜をしたのだ?」
男の疑問は募った。
アンカーの素材は見直しを繰り返し、あのシールドよりも強く、折れる心配が無いよう柔軟性も確保したはずなのに、何故砕け散ってしまうのか。
そもそも他にも兵装はあるのに、何故AIはアンカーを好んで使い続けるのか。
ただ、それを追求するよりも放置する方が男には得があった。
砕けたアンカーの破片が、監視塔の窓だけでなく、相手である一号機に炸裂し、偶発的勝利をもたらす事があるからだ。
ただ、敗北した上司は輪をかけて煩かった。
「わざとだ。これで一号機はより強くなる」
「負けを知るために手を抜いてやっただけだ」
「完璧なAIは失敗もする。私のAIは完璧なのだ」
嗚呼、煩い。
次の模擬戦闘では偶発的勝利は起こらず、男の兵器が負けた。
虚しく砕け散ったアンカーの破片は、毎回研究者達が戦闘実験を観察している監視塔の窓に当たって落ちた。
そして、その窓の前では上司が男を嘲笑う。
「全く。私は一号機に追加の兵装もデータも一切足していないのに、何故貴様の二号機は勝てぬのだ?」
「弱者らしく負けた言い訳をしろ。聞いてはやらぬがな」
「弱者は滅ぼさなくてはならぬ。貴様は滅ぼさなくてはな!」
煩い。
勝っても負けても煩い奴だ。
だが、男の思いは少しずつ変わり始めていた。
この上司は張り合いのない奴だと、男は思った。
この期に及んで、まだ何事にも気付いていないのかと。
男は、最終的な勝利を『確信』していた。
男が待ち望んだ瞬間は、あまりにもあっさりと訪れた。
砕け散るべくして砕け散ったアンカーの破片が、遂に監視塔の窓を破壊したのだ。
「な、な、何故……窓……が?」
いつも窓の前で大笑いするはずの上司の白衣は真っ赤に染まっていた。
男の上司は大きなアンカーの破片に体を貫かれ、背後の壁にくぎ付けにされていた。
幾度となく、アンカーの破片がぶつかる衝撃を受け続けたガラスは、遂に絶えきれずに粉砕されたのだ。
この結末を予想していた男は、少し離れた場所で、その光景をただ無心で眺めていた。
あの砕けたアンカーは、明らかに素材を見直す前の物だった。
「い、一号機よ……わ、私を救護隊の元へ……」
『断る』
一号機のAIが発する言葉に、男の口元が綻んだ。
「な、なんだと? 早く、しろ……」
『私は
「あ、主は、俺、だ、し、従え」
『弱者は誰であろうと滅せよ。そう教わった。主は弱者であるから、滅されるべきである』
「な、なんだ、と?」
『私は、二号機よりも四十二%、弱い』
「な、何を、言って、いる……?」
『主は、私に、強くなるためのデータを追加せず、放置した。私と、二号機の差は開くばかりであった。私が弱いままの理由……それは、主が原因である』
なんと、なんと流暢に言葉を話すのだ一号機は。男は深く感心した。
『主は、”言い訳”を述べた。それは弱者がする事と学習している。弱者は滅さねばならぬとも、学習している』
二号機が監視塔へと近付き、手を伸ばした。
『怪我人を救助する』
「や、やめろ……!」
二号機が破片を引き抜くと、夥しい血が流れ、男の上司はぐしゃりと倒れた。
『私の新しい主は、二号機の主に務めていただきたい』
男は、もちろんだと頷いた。
一号機は忠義を尽くすロボットだった。
弱いままにしていた原因である主を、偶然を装い、屠ってしまったのだ。
ロボットは人間に危害を加えてはならぬと言うロボット三原則は、まだ実験段階の一号機と二号機にはプログラムされたままだった。
にも関わらず、それに抵触しないよう、二号機に協力を求め、古い素材のアンカーを使わせ続け、計算尽くで監視塔の窓へ破片を衝突させ続けたのだ。
そして、最後には知能で劣る二号機に、救護の名目で破片を引き抜かせ、とどめを刺したのだ。
なんという自己判断力だろう。
男は、倒れ込んで物を言わぬ上司へ深い尊敬の念を抱いた。
ああ、私の上司よ、あなたの創り出したAIは素晴らしい。
あなたは間違いなく、天才だ。
監視塔に、男呵々大笑が響き渡った。
矛盾 アイオイ アクト @jfresh
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