チンチロリンとガーシャガシャ

結城かおる

第1話

「君、花嫁さんのお茶碗だね。よろしく」

「あなたは、花婿さんのお茶碗ね。こちらこそ、今日からお世話になります。新郎新婦と同じく、末永くよろしゅう」

「どこの生まれ?」

「私は有田、あなたは?」

「それがよくわからないんだ、気が付いたら籠に入って、神社の夜店で売られてたもんで」

「まるで夏目漱石先生みたいね」

「?どういうこと?」

「漱石先生は生後すぐに行かれたご養子先が古道具屋で、やはり夜店で籠に入れられて、がらくたと一緒に並んでたって」

「ふうん。詳しいね、君」

「奥さまがお好きなの、先生の小説。だから私も『門前の小僧、習わぬ経を読む』のデンで、ね」

「そうかあ。僕たち、人間達のように本は手に取って読めないからな」

「奥さまが女学校の宿題のため、一生懸命漱石先生の御本を朗読していたの。授業でいつ当てられても、上手く読めるようにって。だから私でもよく知っているし、覚えているわけ。そういえば、旦那さまは本を読むの?」

「うん。旦那さまは、漱石先生よりむしろ森鷗外先生がお好きみたいだけど」

「ふふふ」


「ところで、お二人の祝言の様子を見てたかい?」

「嫁入り道具の荷物のなかに入ったまんまで全然。残念だったわ。仲人さんの『高砂たかさごや~この浦舟うらふねに帆を上げて~』だけが聞こえてきた、ちょっと調子が外れていたけどね。あなたは祝言しゅうげんを見た?私の花嫁さんは、綿帽子わたぼうしで綺麗だったでしょ」

「うん。僕の花婿さんも二枚目だろ?ほら、松竹のスタアで何と言ったかな…そうそう、岡田時彦おかだときひこみたいに」

「あら、私の花嫁さんだって、入江いりえたか子みたいよ?御覧なさいよ、『滝の白糸しらいと』のポスタアそっくりなんだから」

「はは、その映画シャシンなら旦那さまも何回も観に行ったみたいだよ。二番館、三番館まで追いかけてね。家に帰ってきてもぽーっとしてたからすぐにわかった。…それにしてもこの戸棚のなかは、まだ僕たちの他にはあまり食器が並んでないね。ちょっと寂しいや」

「新婚さんだから、仕方がないわよ。これから一つひとつ、揃えていく楽しみがあるじゃない」

「確かに。ほら、落語の『垂乳根たらちね』で、おかみさんの茶碗は箸に触れてチンチロリン、旦那さまの茶碗はガーシャガシャと音を立てるじゃないか。祝言を上げる旦那さまが、まだ見ぬ花嫁さんのことや、新婚生活をあれこれ想像する下り。チンチロリンとガーシャガシャ、あんな風に、旦那さまたちも僕たちも調子が合えば素敵だね」

「ね」

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