第10話
「今日は何だか人々が変だね。ラヂオの前にみんな集まって。どの顔も深刻なで…ぺったり座り込んで、泣いている人もいる。こんな光景、初めてだ」
「ラヂオが言っていたこと、聞こえる?」
「それが良く聞こえないんだよ。ただ、『耐ヘ難キヲ耐ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ…』とか言ってるのだけは聞けた」
「何だか暗そうね」
「ああ、豆腐屋のおミヨちゃんも、焼き鳥屋の大将も泣きだしちゃってる。てことは、さ…」
「あ、そうね。もしかして…」
「うん、そのもしかしてだろうね。全てが終わったんだよ」
「それにしても、奥さまはこの放送を広島かどこかで聞いてるのかしら?そしてお子さんたちとご無事でお戻りになれるのか…」
「んん?遠くに奥さまに似た人影が見えた。二人の子どもを、左右の手に引いているけど、奥さま…かな?」
「奥さまだといいな。でも、地中にめりこんだ私に気づいてくれるかしら?」
「本当に、声が出ればいいのに、僕たち。でも、奥さまだよ。近づいてきて…いま、うちの前に立ち止まって涙ぐんでる。本当に、生きていてくださって良かった…」
「あなたには見えるのね。私、奥さまに拾い上げてもらうのは無理かも。この地面と一体になるしかない…でも、ここから奥さまのことをずっと見守っていたいから、茶碗としての意識がまだあって良かった」
「そうだね。僕もいつか君みたいに地面のなかに埋もれるか、茶碗として死んでしまうのか…わからないけど」
「でも、人間って丈夫ね。あれだけの眼に遭っても、まだ生きている人が沢山いる」
「終わったけれどもまた始められるさ、彼等だったら。ああ、お子さん方が早く大きくなって欲しい。奥さまを支えて差し上げられるほどに」
「本当に、そう。どんな人生を生きていくんでしょうね、あの子たち」
「きっと普通に、すくすく育っていくんだろう。そしてまた、旦那さまと奥さまみたいに結婚して、チンチロリン、ガーシャガシャといいながら、二つの茶碗を使っているはずだよ。僕たちのような茶碗をね」
〔了〕
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