第7話

「聞こえる?」

「バンザーイ、バンザーイってね」

「行ってしまわれた…とうとう」

「ねえ。あのお優しい旦那さまが、ゲートル巻いて銃剣持って…なんて、想像もできないんだけど、僕」

「ちょっと、あなた泣いてるの?」

「まさか、目から汗が出てるだけだよ。でも寂しいな。しばらく僕はお役御免だ、君はいいよ、いつもと変わらずちゃぶ台に行けるんだもん。僕は旦那さまが帰ってくるまで、戸棚にしまわれっぱなしになるんだろう。だから、しばらくラヂオともお別れかな。ああ、ちゃぶ台の上に乗って、毎日ニュウスを聞くのが楽しみだったのに」

「奥さまが陰膳かげぜんをなさるかもよ?そうなれば、あなたも棚から出られるわ。ともかく、ラヂオの音は苦手だけれど、私があなたの代わりに精一杯聞いてみる。にしても、ここのお家も寂しくなったと思わない?旦那さまは出征してしまうし、お清さんはお暇をいただいて、郷里に帰ってしまうし」

「お清さんは、本当に丁寧に僕らを扱ってくれて嬉しかったよ」


「あ、お嬢さんがこっちに来た。流しの横で泣いてるの。そりゃそうよね」

「坊ちゃんは、まだ何が起こっているのかよくわからない感じだけどね。無理もない、まだ年がいっていないものね」

「それにしても奥さま、変よ。お家にいらっしゃる人達の前ではいつもと変わりがなく、冷静でいらして、『名誉の戦死です』とか『本人も本望でしょう』とか仰っているのに、皆さんがお帰りになると、やっぱり台所でいつまでもお泣きになっているの」

「うーん。それはさ、ほら、僕は箸が当たればガーシャガシャ、君は同じくチンチロリン、と叩かれたら叩かれた通りの素直な音が出るじゃないか。でもどうやら、人間達は違うみたいなんだ」

「違うの?どうして?」

「人間は叩かれても、違う音を出すことがある。ううん、違う音を出さなければいけないこともあるんだ」

「ややこしいのね」

「そう、ややこしい。僕たちは単純だから、いいけれども…」

「私達がどんなにここで話していても、人間には聞こえないじゃない?それが何とも歯がゆかったけれども、今となってはそのほうがいいかもねえ。ひょっとしたら、いまこの瞬間にでも、いっそのこと茶碗や湯飲みになってしまいたい、何にも聞かず、何にもしゃべらずに生きていたい、と考えている人もいるかもよ?」

「それにしても悲しい、悲しすぎて自分の眼が再び開かなければいいのに、とさえ思うよ。もう二度と、旦那さまに僕を持っていただくこともできないなんて…」

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