平和は21年しか続かなかったけれど

第一次世界大戦が停戦にこぎつけたのが1918年11月。第二次世界大戦がドイツのポーランド侵攻で始まったのが1939年9月。これはその、たった21年しか続かなかった停戦状態の、一日に満たない時間の物語である。
だがその背景には長く苦しい時間がある。
顔を失ったマルヴィンを見守る社長のジェラルドも同僚の兵士である恋人を失っている。そしてバイオリンを弾くローラも(『ローラとバイオリン』という映画からの名前であろうか) 視力を失いつつある。
第一次世界大戦は世界で初めて化学兵器が使われた、大量虐殺の戦争でもある。開発・使用された毒ガスは塩素系で、目と喉をやられる。本作で書かれてはいないが、従軍看護婦だったローラもまた、海を渡っての看護活動の最中にガスによって目を傷めたのかもしれない。
三人とも、世界初の近代戦争によって、血肉の一部を失っている。
第一次世界大戦はそれまで騎馬隊による戦争だったものが、砲撃・銃撃戦に変った戦争である。
殺傷力の強い砲弾は、その破片で人の顔を吹っ飛ばし、四肢や体幹を破裂させる。
1995年4月に放映された「映像の世紀」第2集の『 大量殺戮の完成~塹壕の兵士たちは凄まじい兵器の出現を見た~ 』のラストシーンはまさに、顎から頬にかけて、顔の半分を骨ごと欠損した兵士が、職人が作った義顔を顔から外しながらカメラを見据えるカットである。
身体の一部を失った兵士のために、多くの彫刻家や技術者が駆り出されたという。
近代戦で失ったものを補うのは、ジェラルドの友情と戦場で逃げ回ったマルヴィンの健康な足と、17世紀には完成をみている古い形の楽器、ローラのバイオリンである。

束の間の、だが続いてほしかった一時の平和の、大人のスケッチ。

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