ぼっちで引きこもりの俺が異世界へたどり着いて最高の人生を送っている件

アイオイ アクト

ぼっちで引きこもりの俺が異世界へたどり着いて最高の人生を送っている件

 課金パワーチャージが、出来ない。


 それは俺の世界オンラインゲームにおいて、死を意味した。

 いや、死などこの世界では生ぬるい日常に過ぎぬこと。

 経験値が多少削られて復活ポイントへ戻るだけだ。

 だが、課金の力が無いのはこの社会ワールドから抹殺されたに等しい。


 この手は二度と使いたくなかった。

 腰にベルトを装着、もとい腹回りに対して長さが足りぬから紐でくくりつけ、バックルにカードを宛がう。


『Kamen ride, Decade』


 音声が流れ、俺の躰は心の中で変身した。

 この姿には、出来れば二度となりたくなかった。


 もう一枚、555と書かれたカードを取り出す。

 深く空気を吸い込み、右足に体重をかけること数秒間、チャージが完了した。


「クリムゾン・スマッシュ!!」


 渾身の力で跳躍し、心の中で紅く輝く矢と化した俺の足が床を貫く!


「ぎぃやぁぁぁ!!」


 この叫び声は我が部屋の床型オルフェノクの断末魔だ。足首がおかしな角度に曲がった俺の絶叫ではない!

 痛くない足でひたすら床型オルフェノクにキックを炸裂させる。

 親から奪い取りし禁断のカードクレジットカードが使えなければ、愛すべきギルドメンバー達の冒険をバックアップ出来ぬ!

 欲しいという課金アイテムは一度として断らずに配ってきたのだぞ!

 今も会話画面上には『早く課金アイテムよこせよクソ豚!』という期待の言葉が並んでいるではないか!

 この声に応えられないなど、俺が俺で無くなってしまう!


 ドンドンとドアをノックされた瞬間、俺の体は俊敏に反応し、体感速度0.05秒で布団にくるまり、威厳を込めた声で何だと問うと、その返答に大地が、俺の大地が震えた。


 カードを解約?

 むしろ俺を契約解除?

 即ち俺自身への、戦力外通告?


 この俺が?

 常にこの一戸建ての二階の五畳間を命懸けで守り続けてきたこの俺に?

 このホームネットワークエンジニアとしてファミリーに最適なロードバランシングを提供してきた俺が!?

 実効スループット約400Mb/sの内4Mb/sも家族のためにシェアしてやっていたのに!?


 もう、こんな世界に、未練は無い。

 別のカードを取り出す。


「キャストオフ! ……クロックアップ!」

『Clock up!』


 全てがスローモーションに見える。気がする。

 行動開始だ。


「うぎゃあぁぁ!!」


 クロックアップによる跳躍で足が酷く痛むが、クロックアップした俺の声は誰にも届くはずなどない。

 両親が俺の姿に驚愕の表情を浮かべていた。

 いや、見えてはいまい。

 恐ろしい速度で何かが通り過ぎた事に驚いているのだろう。


 真っ暗な外へと飛び出し、幹線道路を目指して片足を引きずる。それでも俺は何よりも速いはずだ。


「どこだトラックゥゥ! 俺を轢けぇぇ! 俺を異世界へ連れて行けぇぇ! 子供ぉぉ! トラックの前に飛び出せぇぇ! 俺に救われろぉぉ!」


 トラックはおろか、人もいないだと?

 午前二時に誰一人出歩かないとはどこまで貧弱なのだ人類は!!


「うおぉ!?」


 突然、トラックが通り過ぎた。

 何故だ? クロックアップ中の俺よりもトラックの方が速いだと?

 あれにぶつかってしまったら、間違いなく、痛い!


 そうだ、わが家の前の空き地にトラックが不法投棄されていたはずだ。


「うおぉぉ!」


 家への道を戻る。

 あった、トラックだ! 今だ。今しかない!


「ハイパークロックアップ!」

『Hyper Clock Up!』


 俺を異世界へいざなうトラックよ、ゲートを開け! い〇ゞの『エルフ』よ!!


「ぶぐヴぉ!!」


 思い切り正面からぶつかる己の勇気に酔い痴れながら、薄れゆく意識の中、俺はエロエロボディのエルフ達が棲む異世界への旅に想いを馳せた。

 ベルトから、声が響いた。


――『Hyper clock up……over』



「やめろ! 俺をどうするつもりだ!?」


 いくら問うても、答えは無かった。

 異世界へ辿り着いた俺は、『改造』を施された。

 世界観も人も変わらない様に見えた。


 だが、全く違う。

 家族が、優しいのだ。

 病院のような、恐らく異世界トラベラーを収用する施設で体を洗われ、髪を切られ、格子付きの部屋で薄い味の食事をひたすら食わされた。

 そして、ミラーワールドの我が家に戻ると、俺の部屋はきれいなベッドに机一つだけの空間に変わっていた。

 まるで生活感の無い選ばれし戦士の部屋。

 俺はやはり異世界へとやって来て、戦士となった事を実感した。


 そして、俺は毎日戦い続けている。

 異世界都市が創設した『能力開発センター職業訓練校』を卒業した俺に隙は無い。

 心の中でカードを一枚引き抜き、スーツのベルトに宛がう。


『Attack Hello Work!』


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ぼっちで引きこもりの俺が異世界へたどり着いて最高の人生を送っている件 アイオイ アクト @jfresh

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