愛おしい春
店員の姿が見えてくる。十五分前と何一つ変わらない地上――正確にはビルの屋上――が見えてきて、一年ぶりの再会は終わりを迎える。
私は降りる準備をするが、やはり彼女は微動だにしない。一緒に降りようなどという素振りがない。
「やっぱり、一緒には来られないんだね」
「うん、ごめんね」
「謝ること無いよ」
「そうだね、ありがとう」
「あのさ」
「なに?」
「……これからもずっと、好きだよ。弥生」
「私も、大好きだよ。卯月」
それじゃあ、またね。三角巾の幽霊に背を向けて、観覧車を降りた時、私はぼろぼろと涙を流していた。
戸惑う店員さんにどう説明したか、あまり覚えていない。気がつくとモールを降りて、駅前まで戻ってきていた。さすがに涙も引っ込んだ。
振り返り、もう一度観覧車を見上げる。相変わらずのろまな航海は続いていて、時折ゆらゆらと揺れつつ、静かに回り続けている。
彼女は今もそこにいるのだろうか。それともあれは、瞼の裏側が作り出した幻想だっただろうか。
それとも、何度まばたきしても消えなかったのだから、夢だったのだろうか。
ふと思い出し、携帯を取り出す。写真フォルダを開き、その一番上を表示する。
瞬間、周囲の雑音が、行き交う人の群れが、すうっと白く融けていった。世界に私だけしかないような錯覚に陥った。
観覧車の小さな箱。赤い壁。ちらりと映る外の景色。
その真ん中には、撮影した時には何も写っていなかったはずなのに。
「……相変わらずイジワルだね、貴女は」
とびきり笑える変顔が、そこにはっきりと映し出されている。
メリーゴーランドを周りながら、何回やっても撮れなかった変顔コレクション。
死した後になって、ついにその空白が埋められた。
見れば見るほど笑える。白装束に三角巾。
コントじゃないんだから。せっかくの美人をぐちゃぐちゃにして、何をしているんだか。
可笑しい人だ。笑いが止まらない。
瞼の裏に、真っ白になった彼女が浮かび続けている。とんだ残像を残してくれたものだ。しかも変顔になって。
「ばーか」
先程の涙とは違う種類のそれを拭いながら、携帯をしまい込む。雑音も、人の群れも、再び視界に蘇ってくる。何一つ変わらず、世界はそこで回り続けている。
観覧車に背を向けて改札口へと歩き出した時には、もう自分の名前に何の嫌悪感も抱いていなかった。
卯月――死者と再会できた素敵な春を、むしろ愛おしく思えてきた。
瞼に染まる白の残像 宮葉 @mf_3tent
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