ニセコマドリのはなし
英はこの女学校の中で目立つ生徒だった。白い肌に薄紅色の花びらのようなくちびる。その人形のようなうつくしさと、無邪気さ。それが、少々の傲慢さも孕んでいたとしても、少女たちからの憧れと敬いとを合わせた視線は変わらない。
そして、少女はその中でただひとり、姉妹として結ぶ少女を選んだ。澄んだ瞳で、英を見つめていた少女を。何も知らないかわいい、無垢な妹。英は、撫子のことを大切におもっていた。
その日の図書室は人気が少なく、とても静かだった。書棚を通り抜けるように奥へと向かうと、少女が一人佇んでいた。図書室の窓から差し込む夕陽で影絵のように浮かび上がる。
「はなぶささま?」
小袖に袴、そして横顔を切り取った影はそれだけで絵のようなうつくしさを孕んでいた。彼女は一冊の本に視線を落としている。読んでいる、というよりは一点を凝視しているような視線で。微かにゆびさきが震えていた。
「どうかしましたか?」
近づいた撫子の動きに合わせるように面をあげる。夢から醒めたばかりのようにぼんやりとした表情で。ちらりと撫子が英の手元の本を見やると、紺色の表紙の古い本。外つ国の書物のようだった。
「なでしこ、わたくし・・・・・・」
幼い子どものような拙い話し方で、撫子の名前を呼ぶ。まだ、夢うつつのような英はそれきり黙り込んでしまった。
撫子が不安げな様子で英の白い手を握る。はっと、気がついたような視線とぶつかった。それまでのぼんやりとしたものと異なり、それは確かに少女を見ていた。そして握っていた手を振りほどくと、英はさっと袴を翻し革靴の音も立てずに図書室から出て行く。撫子はその背中を見つめていた。ふと、足元に英の持っていた本が落ちていることに気がついた。古い本の独特の香り。少女はその本を抱え、ひとり図書室をあとにした。
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