花は永遠に、咲き乱れ

 白い頁を埋めるように文字を乗せる。恐らく最後になる。墨色の印矩インクが滲んだ。英はしたためる手を止めると、ゆっくりと息を吐いた。この色を見るたびに、もうひとりの英が大切におもう少女のことを思い出す。彼女は、いつも墨色の髪の毛を垂らしていて、そのやわらかい髪の毛に触るのを、彼女の片割れはいっとう好んでいた。

 顔を上げた先にある窓からは夜空から雪片がひらりひらりと舞い落ちていく。冷気が背筋を撫でたようにぞくりと身体が震えた。今夜は寒くなりそうだと、英はおもう。早めに切り上げて寝台に潜りこむ心積もりだった。万年筆の先から印矩が垂れる。便せんに染みこんでいく黒に、なぜか目を離せなくなる。なにもかもを吸い込んでいきそうな色。

 はなぶさ、と名前を呼ぶ声を聞いた気がした。とうとうこのときがきた、と彼女はおもった。いつかこの日が来るとおもっていた。

「これで、わたくしはこの女学校から、抜け出せるのかしら?」

 微笑みながら振り向き、対峙をする。どうでしょうか、と応える声がした。やわらかな物腰のその少年のことを、英は知っている。迎えに来るのなら、彼だとおもっていた。少女もまた、彼のための、この女学校の英なのだから。

「はなぶさを、大切にしてね。わたくしの、だいすきなひと」

 少女の双子の弟、そしてまた英でもある少年は、少女の手を取りするりと部屋から抜け出し、夜の闇の中へと踊りでる。

 少女の居ない部屋だけが、静かに取り残された。

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