黄昏を往く (2)
* * *
「見事なまでに荒らしてくれたものだな」
王都……であった街を見下ろす丘の上で、ラグナは口角を吊り上げた。
街の周囲に広がる黒ずんだ湿地は、かつては一面の小麦畑だった。本来、今の季節ならば、冬を乗り越えた麦の若穂が、南風にさんざめいているはずだった。
「先祖達が努力と工夫の限りを尽くして拓いた土地が、たった十二年でこうも荒廃するとは、な」
十二年前、〈ラグナ王子〉の処刑から僅か三か月後、マクダレン帝国の名のもとにカラント王国は解体され、南接するブラムトゥスとともに、帝国貴族セルヴァント男爵領とされた。帝国本土からは、新天地を求めて、持つ者は勿論、持たざる者も大挙して押し寄せ……、その結果が、このざまだ。
故郷を離れ、各地をさすらった十余年、ラグナはあらためてカラントという地の厳しさを思い知った。そして、長い時間をかけてそれと共存するに至った先達に、敬意を
カラントは、カラントの民にしか治められない。他でもないカラントの風土が、カラントの民を作りあげたのだから。
まなじりを決すると、ラグナは懐から小さな包みを取り出した。
唇を引き結び、真剣な表情で、包みを解く。
中から現れたのは、紅玉で作られた像だった。穏やかな笑みを浮かべる、短髪の女性を
十二年ぶりに王城に入るなり、ラグナは真っ先に礼拝堂の裏へと足を向けた。王城をセルヴァント家が接収した際に、命を賭して王家の墓を守ってくれた者がいた、という話を耳にしていたからだ。果たして、そこには、以前と変わらぬままの先祖代々の墓に加えて、父と、母と、ラグナ自身の墓碑と、ラグナの墓に寄り添うようにして並ぶフェリアの名が刻まれた墓標があった。
墓の前で立ち尽くすラグナに、墓守を名乗るかつての家臣が、紅玉の像の入った包みを手渡した。フェリアがいまわのきわに懐に入れていたことから、ともに棺に入れようとしたのだが、いつ抜け落ちたのか、埋葬を免れてしまっていたのだ、とのことだった。
『ケルヴィネ男爵にお渡しすべきか、と思いつつ、果たせずにおりました。そうこうしているうちに、ラグナ様が生きておられるらしいと小耳に挟み、これは是非ともラグナ様にお返しせねば、と、今日のこの日を指折りお待ちしておりました』
墓守の言葉を思い返しながら、ラグナは紅玉の像を手のひらに乗せた。
ラグナがこれを見るのは、実に初めてのことだった。紅玉の代金を受け取ったヴァスティ鉱山は、律儀にもウルスに紅玉を渡したのだろう。そして、ウルスは彫りかけだったそれを、見事に完成させたのだ。
紅玉の娘は、幸せそうに微笑んでいた。像に込められたウルスの想いが胸に迫ってきて、ラグナは息が止まりそうになった。そっと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をする。
像を片手に、ラグナは傍らにある大岩に目をやった。それから、もう一度、丘の麓を振り返った。
――ここからなら、王都の全てが一望できる。
大きく頷くなり、ラグナは、大岩の丁度目の高さほどにある亀裂の奥に、紅玉の像をそっとはめ込んだ。
――俺が二度と道を誤まらぬよう、お前達はどうかここから見守ってくれ。
「陛下」
大岩の反対側で控えていた、栗色の髪の若者が、頃合いを見計らったかのように、ラグナに声をかけた。
「そろそろ戻らないと。皆さんが心配なさります」
「……そうだな」
土地を奪われ、苛政から逃げ、各地に散り散りになった者達も、やがて懐かしい故郷へと戻ってくるだろう。
ここからが正念場だ。ラグナは外套の裾をひるがえすと、物見の丘をあとにした。
〈 完 〉
紅玉摧かれ砂と為る GB(那識あきら) @typ1
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