第9話 一人ぼっちのレジスタンス④

 超常の反応を成したとき。エリザベスの身体は、彼女自身のものではなかった。


 (またね――)


 エリザベスの肉体は、名無しの彼ジョン・ドゥにによって動かされている。

 何をしてれば良いのか、よく解らなくて。結局出来ることも、景色を俯瞰することぐらい。其の中で、酷くスローモーに思える光景を、自身の頭に・・・・・焼き付ける。


 (また、蚊帳の外だ――)


 今のエリザベスは傍観者でも、ずっとこのままでは、居たくなかった。




 痩男、マックスは臆病者であった。だから誰より早く逃げ出して、今までも生き延びて来た。

 でも、今は違う。あり得ざる反応に邂逅しても、マックスが選んだのは、戦うことであった。


 ――独楽コマの様に回転する脚部。一撃、二撃、三撃。エリザベスの身体に鋼鉄の重みが迫る。

 体重の落ちたマックス。それでも、蹴りの威力を最大限に高めるために、よく工夫した。遠心力を借りた連撃が、もたらす成果は絶大であるはず。

 だというのに――!


 『なるほど。この狭い空間でそうされては、此方は下がるしか無い。相手が下がったところに追撃すれば、速さの勝る方にアドバンテージがあるだろう』


 下水の飛沫だけが撒き散らされて。またも、躱されるマシン・レッグ。

 少女の顔をした恐怖が、淡々と告げる。


 『だが、惜しい。下水のせいで、軸のレスポンスが遅い。其れでは肝心の速さで此方が勝る――』


 確かに、その通り。鋼鉄の脚が、コンクリートを蹴り出しても。濡れた表面が、思うままに動く事を許さない。

 此処まで積み上げてきたモノが、タダの汚水によって成果を得ない。


 「そうだね――」


 だから、一度止まった。

 猛威を奮った蹴り足を降ろした。両の膝を曲げて。そして、標的に眼を凝らす――


 『――』


 眼前の少女は、何もしない。哀れみもしない。少しだけ落とした腰が、此方への唯一の応答。


 (速く)


 より速く。

 誰よりも速かった、跳兎であったあの頃よりも速く。だが其れよりも。


 (君より速く)


 目深に帽子を被る、君が何者かは知らないけれど。汚水に塗れてもなお鮮烈に輝く瞳に、届きたいと思った。

 ならば、行くのだ。煌めきを魅せる少女の瞳――その視野を超えて。


 (仲間が、待っている)


 少女の奥に、仲間の一人が見えた気がした。同期の癖に、やたら尊大なアイツ。だけれど、誰より情に厚くて、僕と一番仲が良かったアイツ。――五年前に、先に行ってしまったアイツ。


 (ああ――)


 みんなと居た時は、臆病者のままで良かったのに。今はそうはいかないから。


 「――此れが僕の、ありったけだ」


 汚れたコンクリートに、鋼の蹄が突き刺さる。砕けた床は、発射台となり。その全てを伝えて、マックスの身体を撃ち出した。

 其れが、マックスの100%。人間の限界を超えて飛んだ、70キログラムの肉と鋼の塊が少女に向かう。


 そのとき、少女の身体が前に出た。身に迫った、神速の蹴り足に触れた手は、其のまま砕け散るかと思われて――




 ――マックスの身体が、宙を舞った。

 少女の手によって、投げ飛ばされたのだ。




 (届いても、敵わないんだね)


 マックスに出来ることは、ただ敵の追撃を待つばかりになった。

 視界の端に、少女が映る。地面から離れた身体は、為す術もなくヤラれてしまうだろう。


 (くそ――)


 十割の自分、叶わなくて。

 其れでも、全力だったから。満足である筈なのに。


 (――未だ、負けたくない!)


 少女の体が、あと2メートルにまで来た。向こうは、攻撃体勢に入っている。

 あの一撃、受けてしまえば必敗である。だから――


 「――ヤラれるかああッ!!」


 ――ぐるり。マックスの身体が回転する。コンクリートの床に、もう一度蹄が触れた。

 少女の、小さな腕がマックスを襲う。間に合うか。間に合わなければ、死ぬだけだ。そして――




 ――再び、マックスの身体が宙を舞った。

 けれど今度は、自分の意思で。




 「ぐううぅ!」


 無理をした。無理をしたなら、ツケが来る。

 ろくに無い体の筋の、何本かが切れた音がした。両のマシン・レッグも軋んでいる。


 (でも、生きている)


 生きている限り、戦える。

 一人ぼっちでも。誰の助けが無くても。


 「――行くよ! 煌めく君っ!!」


 マックスの身体が、上下逆さまに為った。

 鋼の脚は、今度は天井に触れる。


 (僕の全力で敵わないなら――)


 ――重力を借りて!


 緑の視界から、マックスの姿が消えた。




 (嘘)


 エリザベスは、困惑した。緑の視界から、痩男の姿が消えから。

 弾丸の軌跡すら捉える、緑の視界なのに。


 (どうするの――ジョン)


 このまま、死んで終わるのか。


 『――こうする』


 そうして聞こえた短い返答は、頼もしくて。




 ひりりと、灼けつく感覚がする。

 何か一つでも間違えれば、其処でお終いになる。


 『――』


 エリザベスの身体を駆って、ジョンは成さなければならない。

 回転する武。何者もを蹂躙する鋼の一撃を流して、カウンターを入れる。


 『――跳兎とびうさぎは伊達じゃないな! マックスッ!!』


 ――両者は交錯した。




 結果は、どうであったか。

 エリザベスの、なけなしの金で買った帽子は、無残にも切り裂かれて。


 「君は凄いなあ――」


 そして、マックスは倒れていた。

 全霊の一撃は、既の所で頭を掠めるだけで終わって。杜撰ずさんに身体を押さえつけられながら、なのに頭は歓びでいっぱいだった。


 「――ジョン……!」


 マックスの眼から、涙が溢れ出す。

 もう、今までの溜め込んでいた全部が、溢れ出るようだった。


 『ああ。久しぶりだな』


 帽子の隙間から、ボルト頭を覗かせて。

 ジョンはようやく、帰還を告げた。

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