第4話 誰かの声④

 尋常の域を超えた動き。其れを成したとき、エリザベスの身体は、彼女自身のものではなかった。


 (誰――)


 エリザベスの肉体は、知らない誰かによって動かされている。

 何をしてれば良いのか、よく解らなくて。結局出来ることも、景色を俯瞰することぐらい。だから、酷くスローモーに思える光景を、自身の頭に・・・・・焼き付ける。


 (誰なの――)


 ただ、疑問だけを繰り返しながら。今のエリザベスは、傍観者であった。



 

 男の羽織る黒スーツが、滲んだ汗で重みを増す。

 今の、あり得ざる一瞬に対して。男の反応は、またも正確であった。耳で得た情報に、応じる動作が動作が一致して。


 ――撃鉄が起こされ、銃爪ひきがねが引かれる。

 そうして、シングルアクションは適切に作動し、弾丸を撃ち出す。シンプルな機構がもたらす成果は、絶大であるはず。

 だというのに――!


 『なるほど、聴覚をギアで拡張したのか。ヒットマンとして、そのアドバンテージは大きいだろうな』


 乾いた音だけがして。またも、躱される鉛玉。

 少女の顔をした何かが、淡々と告げる。


 『だが、惜しい。肝心の射撃の技術が、ただの達人・・・・・程度だ――』


 意味が理解らない。理解らないけれど、コケにされたことだけは判った。其れは許せない。自分が此処まで積み上げてきたモノが、そう揶揄される程度であったとしても。其のまま終わることだけは、自分自身が許さない!


 「そうか――」


 だから、一歩下がった。

 銃を持つ腕をだらりと下げた。肘だけは、後ろに引き付けて。そして、眼をつぶる――


 『――』


 眼前の少女は、何もしない。嘲笑もしない。少しだけ落とした腰が、此方への唯一の応答。


 (負けるものか)


 負けたくは無かった。

 負ければ、自分は死ぬ。此処で殺されなくても。だが、其れよりも。


 (コイツに、勝ちたい)


 男としての本能が、目の前の何か・・に勝利することを求めていた。

 ならば、行くのだ。達人程度と言われた銃の腕――その先へ!


 (アイツは、待ってくれている)


 射線は、考えない。弾道を考えるから、射線を読まれて躱されるのだ。

 敵の身体に、点で一致させる。最高の早撃ちで、奴に応える。


 (ああ――)


 ついさっきまでは、狼狽えるばかりであったのに。今は、周りがよく聞こえる・・・・・・


 「――此れが、全部だ」


 銃口が上がった。左手で撃鉄が起こされた。幾度となく繰り返してきた其の動作。今回ばかりは、自分の耳でも捉えられない速さで放たれて。――弾が、飛んだ。


 そうして。最後の一発。弾倉に詰まった弾も、此れでお終い。

 どの道、もう一発弾が有っても男は撃たなかったろうが。否――




 ――撃てなかっただろう。




 「――超えられらなかったか」 


 『否、超えた。お前は超えた。最後の一発は、確実に人の理の外に有った』


 男の弾丸は、やはり当たらず。瞬きの間に距離を詰めた、エリザベス何かの腕が、男の喉を掴んでいた。


 「そうか」


 男は満足であった。言われなくても、今の一撃は、人生をして類を見ない最高の一撃であったから。


 「じゃあ、頼む」


 そして、男は言った。

 少女の顔は、まるで動せず。少女の口が、一言を告げて。


 『――――了解した』


 ぐっと、細腕に力が込められて。

 ぱきっ、と。音がした。少女の目の前のモノ・・は、もう何も言わなかった。

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