ボルト頭の少女の中で!

大和ミズン

第一章 誰かの声

第1話 誰かの声①

 「お金、揃えてきたわ。これでやってくれるんでしょ」


 少女が口を発した。薄汚い店の中だ。下卑た顔の店主にだ。

 年若い娘が来る様な場所じゃない、そういう風に連れ出す英国紳士はいない。そう言った類の者は、前世紀には滅びた。


 「ああ。金さえ揃えてくれりゃあ、お前は客だよ」


 「そう、なら良かった」


 最もこの少女には、この空間がよく似合う。

 産まれたときには美しく輝いただろう金髪ブロンドも、薄汚れて見るに耐えない。くまの落ちた眼とそばかすに塗れた顔は、常に眉をしかめて、不機嫌そうで。


 「だがな、この金で買える記憶補助装置は、中古の三等品だ。曰くも理解らない、何処ぞの死体から引剥ひっぺがしてきたものだぞ」


 店主の親父は、心配してるワケじゃ無い。後からクレームを付けられても堪らないから、念を押しているだけだ。


 「ええ。構わない」


 少女は即答する。

 記憶補助装置は、脳にじかで繋ぐ。其れ相応のリスクは有るのに、其れでも三等品を少女が求めるのは――単純だ。金と時間が、彼女には無かっただけだ。


 「判った。医者は此方こっちで斡旋してやるよ」


 「助かるわ」


 そうやって。法的効力もクソも無い、いい加減な同意書とかを書いて。

 今日は、此れでお終い。後は、仰々しい歯車じかけの機械なんかを頭に付ければ、目的は達する。


 「ああ、そうだ。お前の空っぽの頭に付くのはコイツだ」


 そう言って、親父が持ってきた箱の中身。拳大の、金属やら何やらの塊から、導線が束になって伸びている。幾つかの酷く大雑把なボルト穴が、無骨さをよく醸し出してした。


 「喜べ。コイツには、演算装置も付いてる。何処の誰が作ったかも解らんし、中身の調整もマトモに出来なかったから、ジャンク扱いだがな。動作はちゃんとするだろう、多分」


 「だと良いけどね」


 見た目なんて見ても、よく解らないから。聞こえてきた不穏な言葉だけ、気にしないように気を付けて。


 「其れじゃあ、おいとまするわ」


 背もたれも無い、修理の後が目立つ椅子から、少女が立ち上がる。

 その姿を一瞥した店主が、つまらなさそうに口を開いて。


 「じゃあな、エリザベス。今後共ご贔屓を」


 「私はもう二度と、その禿頭を見たくは無いけどね」


 最後に店主を思い切り罵倒をして。少女、エリザベスが戸を開いた。カランカランと、優しいベルの音が鳴って。出た先の裏路地は、落書きと立ち込める石炭の煙ばかりが眼に付いた。




 ――それで。そうやって。私は、付けた。安物の、記憶補助装置。

 機械義肢を付けてるヤツは、今時珍しいものじゃ無いけれど。頭に付けるアレコレに関しては、街に出ても見かけない。


 「頭を改造するのはこわいから。金が掛かるから。見た目が悪いから」


 理由は色々あるだろうし、付ける理由が無ければ、其れで済む。

 ただし私には――


 「スラムの人間がさ、大学アカデミーに行くにはこうするしか無かったの……」


 そうだ。私は行きたかった。大学に入って、法学をやって。それで弁護士になるのが夢だったから。金持ちになるのが理由の、有りふれた夢だけど。

 なのに――


 「――落ちるとは、どういうことなのー!!」




 叫んだら、余計に怒りが湧いてきた。当たり散らして結果が変わるわけじゃないのに。


 「何が! あくまで補助装置だから! そういうこともある、よ! 不良品売りつけたな、あの違法業者っ!」


 サブの演算装置のお陰で、計算は前より得意だ。けれど、肝心の記憶力が一向に上がらない。


 「あと、あのヤブ医者もそう! 成功したと言った癖に――」


 そうやって、自分の頭を撫でる。ゴツゴツとしたモノが触れる。


 「――あ。ボルト頭だ」


 「ボルト頭じゃない!」


 そう、エリザベスの頭の左には、手のひら大の金属装具とコインほどのボルトが付いていた。

 其れが余りにも目立つものだから、付いた渾名はボルト頭。


 「こんなだから、お客・・も付かないしね……」


 段々、怒りが悲しさに勝ってきて。ため息が出てくる。

 取り敢えずは、ガラクタを買った残りのお金が有るから。其れで、飢えを凌ごう。そう決めて、自分の部屋に戻る。水道すらだけは通った、灯りもない愛しの我が家に。


 「――痛っ」


 歩きながら、頭を押さえる。最近、頭痛が増えた。でも此れは、頭に機械を入れた人間には、よくある後遺症らしいから。我慢するしか無い。




 『そういうことも有るから、ジャンクパーツなんて誰も手を出さないのにな――』


 ――頭の中から響いた幻聴も、後遺症だと思いこむしか無かった。

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