第2話 誰かの声②

 夜の坂道を下る、足取りは重いけれど。その先の店々の灯りが、煌々と輝くから。其れに引かれる様に、エリザベスは行く。

 通りに、人はいない。石造りの階段を鳴らす靴は、エリザベスのブーツだけ。でも、立ち並ぶパブやらから、楽しそうな声が漏れ出て来て、静けさは無い。


 「用も無く、此処を歩くのは何時ぶりかな……」


 此処を通るときは、仕事のとき。だから、何時もは下品なドレスに、似合わないヒールを履いて。それと比べたら、アテもない散歩の方が、まだマシか。

 大きめの帽子、ズレない様に。左手で抑えて。路地を進む。


 (でも、どうしよう)


 この先、どうやって生きようか。其の気になれば、そういう趣味・・・・・・の店には雇ってもらえるだろうが。其れは最後の手段。

 自分の行き先も理解らないまま、足だけがその役割を示すために前へ前へ。チラチラと視界に映る人が増えたことに、気付いたときには、繁華街もすぐそこだった。


 「ああ。あの違法パーツ屋も近くじゃない」


 繁華街を抜けて、二本ばかり裏に入れば、すぐに着く。

 どうせなら文句の一つでも付けてやろう、そう思った。目的地を決めたエリザベスは、途端に足早になる。コツコツと、軽快に鳴るブーツの音も、もう雑踏に紛れて聞こえない。


 ――酔っぱらい。ませガキ。ヤクザもの。出店通りにごった返す人々を、慣れた足取りで避けて通る。途中お尻を触られたけれど、一抓りだけお見舞いして、許してやる。頭を隠す帽子だけは、強く抑えたまま。

 そうやって、路地に出ようとして――


 「きゃっ!」


 誰かにぶつかった。

 可怪しい、何故気づかなかったのか。そう思いつつも、帽子が外れなかったことに安堵する。取り敢えず、自分のぶつかった相手の方を確認して。




 「申し訳ございません。――レディを転ばせてしまった」


 そう、相手の手が伸ばされている事に気付く。灰色のチェスターコートがよく似合う、銀髪のキザ男。


 「ありがとう」


 そう言って、男の手を取った。相手の姿をまじまじと見つめつつ、引き起こされる。


 「こちらの不注意だから、気にしなくても良いわ」


 「ありがとうございます」


 男が、恭しく頭を下げる。胸に手を当てながら。


 (今時、珍しいぐらいの紳士ね……)


 そう思うからこそ、エリザベスが感じるのは、胡散臭さである。

 こんな貧民街に、高価なお召し物を着けて参じる奴らなんて、大体は欲にまみれた下世話な男だと、相場で決まっている。


 「――どうでしょうか。もし良ければ、お詫びにお食事でも」


 ほら来た。まあ、この男に下心があるかまでは理解らないが、今はそういう気分では無い。


 「残念だけど、遠慮するわ。今は誰かと遊ぶ気分じゃないもの。次に有ったら、また誘ってね――」


 ――お金の分だけ、楽しませてあげるから。とまでは言わないで。

 じゃあね、と。言うだけ言って、エリザベスは立ち去る。男の方も、それを追いかけたりはしない。


 (あの親父の店はもうすぐね……)


 階段を登ってしまえば、あと少しだろう。




 「汚れてはいるけど、美人だったね」


 銀髪のキザ男が、隣にやってきたばかりの男に投げかける。恰幅の良い、黒服の男。どう見ても、カタギには見れない恰好の。


 「はあ。なんのことですか……?」


 「すまない、何でもないよ」


 黒服も困るしか無いから、其処で終わり。

 改めて報告をしようと、黒服が居直って。


 「片付けは終わりました。確認に数人だけ残しましたが、すぐ戻るでしょう」


 「そうか。ありがとう」


 キザ男がそう微笑んで。

 雑踏に立ち去る。其れに黒服が続いて歩く。


 (ああ、そう言えば――)


 ふと。キザ男が気付いた。


 (アレ・・も、少女に付けたと言うじゃないか――)


 確か名前は。


 「エリザベス、ねえ。」


 亡き女王陛下の名を関する少女に、思いを膨らませながら。キザ男はニンマリと笑った。

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