第7話 一人ぼっちのレジスタンス②
「ねえ、リザ。貴方、大きくなったら何をやりたい――?」
懐かしい声。温かい声。
背中から包まれる様に、エリザベスは腕に抱かれていて。だから、声の主は見えないけれど。
「ん――分かんない。だって、いっぱいあるもん、やりたいこと……」
だから、迷っちゃうの。其れを聞いた、背中の女性が、クスリと笑った気がした。
心地良い体温に、エリザベスは段々と眠くなってきた。
「そうしたら、お母さんね。リザが何をやりたくなっても大丈夫な様に、頑張るから――」
頭を優しく撫でられて。もう、限界。こっくりと体重を後ろに預けて、エリザベスは眠りに落ちる準備をする。
可愛らしく、眠い目を擦る娘の姿を見つめながら、女性は言う。
「おやすみなさい――リザ」
エリザベスは、眠りに落ちた。
「――久しぶりに見たな、母さんの夢」
もう、随分と昔の話。段々と朧気になる、遠い日の記憶。
夢と同じように、エリザベスは眼を擦るけれど。優しく包み込んでくれる腕は無くて、あるのは転がった瓦礫の群れくらい。
『お早う――リザ』
ズキリと、頭に痛みが走って。母とは対照的な、男の声が響く。耳にではなく、頭の中に。
『よく眠れたか?』
「まあね。意外となんとかなるものよ」
そう言って、寝床に眼を移す。
瓦礫の隙間。打ち捨てられて倒れた机の隣。せめてと石ころだけは退かした、床の上。
『しかし、すまなかった。俺が来たときも、相応に廃墟ではあったがな。まさか天井まで落ちているとは思わなかった……』
「仕方ないわ。だから新しい住人も居ないわけだし、丁度いいでしょう」
そう言って、エリザベスは立ち上がった。
準備するだけの荷なんて無い。ぱんぱんと身体を叩いて。帽子だけ被って居直したら、其れでもう、やることは無い。
「じゃあ、行きましょうか。レジスタンスの所に」
『気が早いな。まだ朝だぞ』
そういう算段になっていた。
個人でほっつき歩いていても仕方ないから、味方を作る。網を張られている可能性も高いけれど、戦うと決めたからには、逃げてばかりじゃ駄目だから。
「此処にいてもやることは無いでしょ……」
『……それもそうか』
そして、剥き出しの鉄骨を見せる廃墟を背にして。エリザベスは足を進めた。
スラムを外回りに抜けて、市街の方へ行くという。
「ねえジョン。そう言えばさ。今の私って、もしかして汚い?」
ふと、今更気付いたように問いかける。
『感覚を共有しているんだ。判らない……と言いたいが。まあ、綺麗な筈は無いな』
「そうでしょうね……」
レジスタンスの拠点って、身体洗う所はあるのかな――そんな事を呟きながら、人っ子一人いない路地を抜けていった。
市街の、横道。ジョンに案内されて向かった先に待ち受けていたのは、予想外の――否、想像したとおりの光景か。
「まあ、そうよね。ジョン、貴方が死んでどれくらい?」
『ざっと五年だな』
エリザベスが見つめる先。レジスタンスの拠点の一つだったと言う場所には、何も無かった。
それらしい建築物すら無い。
「五年も経てば、組織の一つや二つくらい潰されるわよねえ……」
此れからどうするかな、とエリザベスが考え始めたところで。ジョンが口を挟んでくる。
『組織が潰れた可能性は十分あるが、未だ諦めるには早いだろう』
そう言って。二本先の路地に行け、と。
黙って従って、其の場所に着けば――古いビルディングに、
『成る程。どうやら、まだ組織は残っているらしいぞ』
「へえ。これ、暗号なのね」
どれがどうなんだろう、と。ぐるりとエリザベスは見回して――多すぎる情報に、頭痛と目眩が襲ってきたから、考えるのは止めた。
『全部では無いけどな』
「ふーん」
文字、絵、よく分からない何か。意味のないモノばかりに紛れて書かれた答えを、ジョンは読み取っていた。
暗号については、興味も有るけれど。取り敢えず、この場で必要なのは答えだけだ。
「じゃあ。次は何処に行けば良い――?」
指示を仰ぐ。
『ああ、其れだがな……』
ジョンは、一呼吸置いて。下を指差しながら。
『……下水道だそうだ』
――どうやら身体を洗えるのは、未だ先になりそう。
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