第8話 一人ぼっちのレジスタンス③

 いない。みんな居ない。

 残された僕だけが、この灯りの乏しい一室に取り残されている。


 「早く……みんな早く来てよ……」


 何をするワケでも無いまま、ただ時間だけが過ぎてゆく。

 もう、四年はこのザマだった。


 「この身体じゃあ、もう……跳兎とびうさぎのマックスじゃいられないや……」


 両の脚のマシン・レッグの手入れだけは、欠かしたことは無いけれど。

 乏しい食糧の所為で、全身の肉という肉が小削ぎ落ちていく。

 たまに身体を動かしてみても。依然の様な感覚で、脚を振るえはしない。


 「このまま、終わっちゃうのかな……」


 理想も果たせないまま。冷たいコンクリートで囲まれた、マンホールの下で人生を終えるのか――

 そんなのは嫌だったけれど。でも、どうすることも出来ないから。随分とボロボロに為ってしまった、集合写真を眺めるだけで。


 「みんなに……会いたいなあ――」


 そんな思いが、叶ったか――




 ――コツ、コツ。隠し部屋の壁の向こう。下水道から聞こえる……靴の音。


 (どっちだ)


 ふっ――。灯りをすぐに吹き消して。真っ暗闇の中、マックスは考える。

 仲間か、敵か。


 (敵、なんだろうな)


 此処の情報は、地上にだって残して来た。

 奴ら・・が、暗号を解読出来れば、容易に見つけてしまうだろう。


 (四年。四年だ。もし生き残っていたら、みんなとっくに来ているだろう)


 そう。まともな頭で考えれば、もうみんな、生きちゃいないんだ。


 「今まで、僕は逃げてた。もう――そんなのが許される歳じゃ無い」


 気付いたら、もう三十を過ぎた。

 レジスタンスに入ったときには、未だ子供と言われてたのに。


 「此れで――みんなに会えるかもね」


 足音が、段々大きくなっている気がする。

 最後くらいは。跳兎で在りたかった。




 裏通りの店先から盗んできた、カンテラの火を頼りに下水道を進む。高さは、それ程高くない。背の高い人なら、頭を下げないといけないかもしれないぐらい。

 暗くて。臭って。ジメッとして。不快感ばかり強くなる空間も、エリザベスは気にしない。慣れているワケじゃないが、気にしたら負けだ、と言うことが理解るくらいの経験はあった。


 「コッチで、合ってるのよね?」


 『ああ。もうこの辺りの筈だ』


 すっかり慣れた、頭の中のジョンとの会話。

 あんまり続ければ、頭痛が酷くなるけれど。こうやって二、三言話すくらいなら、我慢できる範疇だ。


 「でも、可怪しくない? 何も見えないわ……」


 視界の中に在るのは、真っ黒な下水。汚れた壁。地上に続くマンホールの穴。そして――先の見えない暗がりだけ。

 と、思ったら――


 『否、待て。――其処の穴を覗いてくれ』


 ジョンが言った。

 言われた通りに、其処のマンホールの穴を除いて。其れで、違和感に気付く。


 「光。見えないね」


 『――ああ』


 マンホールは、一種の排水溝だ。この時間に下から見れば、光だって漏れるはず。

 此れは――ビンゴだ。


 だん、と踏み切って。梯子を掴む。


 『やるじゃないか』


 「まあね。此れでも運動神経は良い方よ」


 今まで、悪いこともいっぱいやってきたしね。

 そんな事を話して、上に登り始める。カンテラは口に加えて。きっとあのマンホールを開ければ、其処がレジスタンスの拠点だ。


 (よし)


 上に着いた。

 逡巡しても仕方ないから。金物の蓋を、一息に腕で押し上げて――




 ――一瞬だった。視力の落ちた右目。その視界が、酷くスローモーになる。


 「――っ!」


 耐え難い頭痛。迫りくる死の気配。

 ゆっくりと流れる視野の端から――迫り来る金属塊・・・


 (ぐううぅっ――!)


 咄嗟に、エリザベスは梯子から手を離した。当然の様に、重力に引かれ落ちていき。――其の直後。先程まで手にしていたマンホールの蓋が、ひしゃげて・・・・・飛んで行くのが見える。


 ――ダダンッ!!


 「ああっっ!」


 上手く荷重を逃しながら、着地は出来た。脚と、手と、頭の痛みに耐えながら、必死に穴から距離を取る。


 「ああ、僕の脚を躱すんだ。やっぱり、普通の人じゃないんだね……」


 とっ。軽い足音で、男が降りてきた。やせ細って、髪も伸ばし放題なのに。無精髭は、かなり薄い。

 そして何より。キュッと音を鳴らす、金属製の脚部だけが、この暗がりでも異様な程の存在感を現す。ああ、あれは死神の鎌だ――

 迫る恐怖の権化。けれど、その一挙一動を見逃すまいと、エリザベスは眼を凝らして。




  『――よく躱した』


 そのとき、頭に声が響いた・・・・・・・。男の声。この二日で随分と耳慣れた、安心する声。頭痛は、更に鋭く突き刺さって。右の視野が、緑色に埋め尽くされて。チカチカ、チカチカ。うざったらしいぐらいに、点滅していて――




 ――ガッ! コンクリートの床が、悲鳴を上げるた。砲弾の様に飛び出した、痩せ男の身体がエリザベスに迫る――異常な速さで。ああ、このスピードまでは躱せない。少女は、立ち尽くしたまま蹂躙されようとして――


 ――そうして、何故か。鋼の脚は人の温もりを知らないまま、無機質な壁を破壊する。


 「凄いね。今日で本当に、僕は終わってしまうのかもだ……!」


 何が起きたか、痩せ男は正確に認識していた。だからこそ、自分の中にあった予感が、実感として迫ってくる。


 「其れでも。ただでヤラれちゃあ、みんなに合わす顔がないんだっ!」


 超常な反応をもって。少女の肉体は、蹴りの間合いから逃れていた。




 ――翠の瞳が、煌めいて。

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