第5話 誰かの声⑤
「貴方、何なの……?」
腕の中に男の亡骸を抱きながら、エリザベスは呟いた。
この、暗い廃墟の中で。其れを聞く者はもういない筈なのに。答えは有った。――エリザベスの、頭の中から。
『俺は俺だよ、リザ』
初めての返事。妙に馴れ馴れしく呼ぶ癖に、返答はちっとも的を射ない。
「そういう事じゃ無い! どうして私の中に、貴方がいるの!?」
思わず、叫ぶ。相変わらず、自分を殺そうとした男の身体を、ぎゅっと抱きしめて。
エリザベスは怖かったのだ。自分の中にいる、得体の知れない何かが。自分の手が、一人の人間の命を奪った事が。
震える身体を、必死になって押さえつけようとしているのに――止まっては、くれない。
『お前は気付いているよ、リザ。お前は馬鹿じゃない。ちゃんと、自分の得た情報を整理できている。ただ――落ち着けてないだけだ』
思わず、エリザベスはカッとなる。頬が熱くなった。誰のせいで、こうなってしまったと思っているんだ!
其れも意に介さずに、何かは、エリザベスへ告げていく。
『リザ。お前が頭に入れた記憶補助装置。其の中身は、フォーマットされていなかった。だから、前の持ち主の記録もそのままだった。そして、その
「そんなの――」
分かっていた。そうとしか考えられる状況じゃない。よっぽどの馬鹿じゃない限り、気付かなきゃ可怪しい。けど――
「そんなの、理解るワケ無いじゃない……!」
別に、今の境遇を理解していないと言ってるのでは無いのだ。こんな事になる原因を作った、過去の自分を攻める事が出来ないから、感情のやり場が無くなっているのだ。
『そうだ、お前が悪いわけじゃない。違法パーツに手を出したことは確かに悪だが、其の結果はお前の所為では無い』
「何で!」
そんな、慰めるような事を言うのだ。
もう、どうにも為らなくて。エリザベスは泣きじゃくって。真っ赤に腫らした眼から、溢れ落ちる水滴を。受け止めるのは、もう冷たくなってしまった肉塊。
『今は其れで良い――だが』
何かは、変わらぬ口調で。
ただ事実を。変えられない現実を。
『もう、巻き込まれてしまったんだ。だから――戦え』
うん、とは言えない。でも、否定もしない。
エリザベスに出来ることは。受け入れられるまで、泣き続けることだけだった。
「ねえ――」
『何だ』
やっとこさ、落ち着いてきた。ズズ、と。未だ鼻は啜るし、眼は真っ赤に腫らしたままだけど。でも、涙は止まった。
「――教えてよ、貴方の名前」
そうだ。未だ知らない、彼の名前。誰かとか何かとか貴方とか。そう言ったもので呼び続けるのは、どうかと思うから。
『名前か』
彼は、一度だけ繰り返して。一拍、静寂を置いて。
『ジョンだ。ジョン・ドゥだ。俺は何でもない、
「そう」
えらく卑屈な答えに、エリザベスは何も問わない。彼がそう言ったのだから、今は其れで良い。
「――宜しく。ジョン」
笑っては、言えなかったが。前向きな気持では、言えたかな。
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