公園にて

 彼女が何を考えていたのかは分からない。でもとりあえず俺の人生初のナンパは成功した。

 言った通りにカラオケに行き、朝マックで時間を潰し、ウィンドウショッピングをして、適当にランチを食べて、映画を観た。彼女の希望で話題のホラー映画を観たからか、途中で寝ることもなく、その後はゲーセンでプリクラまで撮った。それからスタバで休憩して、書店に寄って、ディナーも食べた。彼女はとても自殺を考えているようには見えず、普通にデートにはしゃぐ女の子に見えた。

 なんだかんだ寝ることもなく丸一日遊び、ついにやることも思いつかなくなって公園にたどり着いた。俺たちは他人とは思えない、しかし恋人とは言えない距離でベンチに座った。

 結局ただ楽しんだだけで、どうすれば彼女の自殺を止められるのか考えがまとまらないままだった。はしゃぐ彼女を見て、ひょっとしたらもう自殺を思いとどまっているのかも知れないと、淡い期待もあったが、いずれにせよもう時間はない。

 ふいに彼女が「んー……」と伸びをした。

「今日は楽しかったです。ありがとうございました」

「そりゃよかった。——あのさ、もしよかったらまた遊ぼう」

 次の約束をすれば、約束をし続ければ自殺を止められるかもしれない。そして彼女と——そんな浅はかな考えを見透かすように彼女は答えた。

「もう心配しなくても大丈夫です。死ぬのやめますから」

 彼女が言った死ぬのをやめるという言葉を聞いて、やっと思いとどまってくれたんだと安心するよりも、これでお別れすることが残念だと思っていることに自分でも驚いた。

「そっか。よかった」

 丸一日かけて望んでいた言葉が聞けたのに、俺は喜びきれない歯切れの悪い返事をした。

「嘘なんですよ」

 唐突に彼女が言った言葉が飲み込めなかった。

 嘘? 何が? やっぱり自殺するのか? 何で?

 よっぽどバカみたいな顔をしたのだろう。彼女は笑いながら僕を見ていた。

「自殺はやめました。それは本当ですよ。嘘なのは理由の方です」

 彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。

「本当は大学受験に失敗したんです。友達がみんな大学に行く準備してて、私だけが取り残されたみたいで——ホントくだらない理由ですよね」

「なんで……」

 あんな嘘をついたのか。言葉にならないほど驚いて、怒ることも忘れていた。

「今日は四月一日、エイプリルフールですよ」

 彼女はすべてを許してしまいそうになるほど、可愛い笑顔で笑っていた。

「———よかった……本当によかった……」

 俺は泣いていた。目の前の女の子が、くだらない理由で自殺をしようとして、つまらないことで思いとどまる普通の女の子でよかった。絶望するような人生じゃなくてよかったと。

「泣かないでくださいよ。悪いことしてるみたいじゃないですか」

 彼女も泣いていた。エイプリルフールでもついていい嘘とダメな嘘があるとか、言いたいことは山ほどあったけど全部どうでもよかった。

「もしさっきの言葉がエイプリルフールの嘘じゃなかったら、また遊んでもらえますか?」

 泣いているせいか、少し震えた声で言う彼女に「もちろんだよ」と精一杯の笑顔で俺は答えた。俺の人生初のナンパは大成功だったようだ。


 それから三年後に俺たちは結婚した。贅沢はできなかったけど、平凡な家庭で、平凡な幸せを手に入れた。彼女が八年前に病気で死ぬまでの何十年、彼女はずっと笑顔でいてくれた。その笑顔だけで俺は十分に幸せだった。

 この季節になると彼女のことを思い出す。この木と同じ名前をした彼女のことを。この花のように満開の笑顔をした彼女のことを。そして、この花びらのように散ってしまった彼女のことを。

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真白(ましろ) @BlancheGrande

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