ファミレスにて

 ファミレスについてから、とりあえずお互い自己紹介をした。といっても名前と年齢(彼女は18歳だった)ぐらいの簡単なものだったが。俺はハンバーグセットとドリンクバーを、彼女はカルボナーラと同じくドリンクバーを注文した。料理を待つ間も、食べている間も何も話さなかった。正確には何を話せばいいのか分からなかったのだが。

 俺がハンバーグセットを食べ終えても、彼女のカルボナーラは半分しか減っていなかった。少しずつ丁寧にカルボナーラを食べる彼女を見ていると、ふと「ナンパ」と言われたことを思い出し、気恥ずかしさを振り払うように俺は頭を振る。彼女が不思議そうな顔で俺を見たが、視線をそらして何事もないふりを決め込んだ。

 そのまま彼女が食事を終えるのを待って、俺は思い切って口を開いた。

「なんで、その……あんなことしようとしたの?」

「死にたかったからです」

 やはり彼女は当たり前のことを言うように答えた。

「いや、そうじゃなくてさ。ほら、なんでそう思ったのかっていうか——」

 彼女は少し考えてから、まるで他人事のように自殺をしようとした理由を淡々と話し始めた。

 彼女は17歳の時に結婚したらしい。相手は28歳のサラリーマンだった。もちろん周囲からは猛反対されたし、そのことでイジメにもあっていたらしい。しかし、そこまでの話なら問題はなかったようだ。問題が起きたのは今年の初めだった。結婚相手が浮気して、おまけに浮気相手を妊娠させたことが発覚したのだ。しかも、彼女が妊娠した直後の出来事だった。彼女の両親は激怒し、相手方と相当に揉めたらしく、あっという間に離婚が決まった。子供に関しては、彼女は一人でも産んで育てたいと言ったが、両親は許さず半ば無理矢理に堕ろすことになった。そのことで相手だけではなく両親のことも信用できなくなってしまった。これだけでも十分に嫌な話だが、まだ続きがある。彼女の両親が裁判だ慰謝料だと騒ぎ立て、相手がその腹いせに彼女の写真をネットにバラ撒いたのだ。もちろん普通の写真じゃない。所謂リベンジポルノというやつだ。話は民事から刑事に変わりさらにややこしくなった。相手はそれなりの罰を受けることになるだろうが、肝心の一度ネットに流出した写真を完全に削除するのは不可能に近い。

 話を聞き終えた俺は何も言えなかった。イジメも結婚も離婚も妊娠も中絶もリベンジポルノも経験したことがない。仮に経験していたとしても、この場に相応しい言葉を見つけられるとは思えなかった。

「死にたい理由は理解してもらえましたか?」

 相変わらずなんでもないことのように彼女は言った。

ようやく俺は最初の違和感の正体が分かった。彼女からは絶望や悲壮感のようなものを感じないのだ。どんな理由であれ自殺をしようとする状況で、こんなに普通でいられるものなのだろうか。まるで散歩に行くように死のうとする人間の心理が、俺には想像ができなかった。自殺は彼女にとって散歩となんら変わらないものなのだ。どうすれば思いとどまらせることができるのか、まるで分からなかった。

 だから時間稼ぎを考えた。いや、多分それは言い訳で、本音を言えば彼女が可愛かったからだろう。

「ねえ。カラオケ行かない? 朝までさ。その後は買い物して映画でも行こう。徹夜明けだと寝ちゃうかもしれないけど」

 俺は改めて彼女をナンパした。

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