最終話 お兄ちゃん、オリンピック行こうよ!!
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welcome to Tokyo
少女の名は朝顔。4年前、彼女はまだ小学4年生だった。
リオオリンピックの閉会式、日本への引継ぎパフォーマンスを見た
そのとき、彼女に生まれた感情
キラキラと輝く会場、圧倒的パフォーマンス
そのすべてが彼女を一瞬で魅了した
それは初恋に近いのかもしれない
そしてその興奮を今も忘れていない
「お兄ちゃん、開会式始まっちゃうよ!」
早くしてとせかす彼女にあなたは笑って答える
「中学生だからロリコンじゃないよね」
僕はにっこりと笑い彼女を追いかけた。
「なんなんですか、最後のセリフ。途中までいい感じだったのに」
倉田くんが顔をひくひくさせながら、日奈子ちゃんに突っ込む。
「やっぱり中学2年生が一番かわいいでしょ!!」
そう熱く倉田くんに語る日奈子ちゃん。彼らはいま、例のオリンピックサイトのキャラクター朝顔ちゃんのボーナスVOICEの確認をしている。オリンピック開催当日、つまりカウントが0になったときの演出に関してだ。
「だってぇ、東京を朝顔ちゃんとデートしながら街を歩けるアプリを作るのはダメなんでしょ?もうやる気なくなっちゃいますよ」
日奈子ちゃんは鼻と口の間にペンを挟み、そう愚痴る。
「やっぱり作っちゃだめ?」
「そこまでできる余裕はないでしょ。僕らだけでどうにかできるものじゃないと。もともと学長の思いつきで始まったんですよ。このプロジェクト」
いくら絵を描くのも声を当てるのも日奈子ちゃんが一人でできるといっても、仕事の量が多すぎる。そもそも彼女はまだ学生なので修士論文だって書かなければいけないのだ。修士論文を書くことができなければ卒業できない。こんなことやっている場合ではないのだ。
とはいえ、本人はそんなに危機感はないようである。
「私ひとりでも大丈夫だとおもうのにな~。それに朝顔ちゃんはこんなにかわいいんだよ?」
日奈子ちゃんは倉田くんに朝顔ちゃんのイラストを見せて、それでもだめかともう一度聞く。
「だめです」
「お兄ちゃん、ダメ?」
日奈子ちゃんは朝顔ちゃんのイラストで自分の顔を隠してそう言う。
「あきらめてください」
たかだか研究室にいる3人でできることには限界がある。本職の研究もしなければいけないのだ。
「ちぇっ。倉田くんのけち。……まあ、でもある程度はサイトも形になってきたよね」
「ええ、そうですね。最初はどうなることかと思いましたが、オリンピックを盛り上げるためのサイトとしてはそれなりのものができそうです」
パソコンのディスプレイに表示されたものを二人は感慨深くみる。一時は計画の続行すら危ぶまれたものの、無事来年度以降も継続することが決まった。主に矢羽田教授と倉田くんが畳の上でボコボコにされたおかげである。
研究室に矢羽田教授が入ってくる。
「おはよう、諸君」
「あ、おはようございます、教授」
「おはようございまーす」
朝一で会議に出席していた矢羽田教授は少し眠そうだった。
「お前ら、マッピングオリンピック計画の進捗はどうだ?」
倉田くんと日奈子ちゃんはとぼけた顔をする。
「んあ?どうしたお前ら、鳩が豆鉄砲食らったような顔して。俺が何か変なことを言ったか?」
「マッピングオリンピック計画ってなんですか?」
倉田くんが尋ねる。倉田くんはマッピングオリンピックなんて単語は初めて聞いた。
「え!?お前ら今までプロジェクト名すら知らずに作業やってたの?」
矢羽田教授は当然みんなが知っているものだと思っていたらしく、とても驚いた。日奈子ちゃんの方を見ると、私も知らなかったと言うようにうんうんと頷く。
「割り振られた仕事をやっていれば問題ありませんでしたし」
「お前らなあ。もっと全体像を見ながら仕事を……。今のところうまくいってるから別にいいけどよ」
正直プロジェクト名が分かっていても分かっていなくてもやることは変わらない。現に今までまったく困っていなかった。
「マッピングオリンピックってどういう意味なんですか?」
日奈子ちゃんが矢羽田教授に尋ねる。
「もともとオリンピックの楽しみ方を丁寧に教えてくれるサイトを作ることを目指して始めた計画だ。なるべく他分野にわたって取り上げて興味のあるところから見てもらい、やってみたいと思ったものを実際に日本に来て試してもらう。ふつうの地図は土地の縮図を使って整理するが、このサイトは土地ではなくオリンピックを中心として整理した地図だ。だからそれを作る計画ってことでマッピングオリンピック」
「新しい概念でできた地図づくり」
倉田くんはかみしめるようにそうつぶやいた。ようやく矢羽田教授が目指すものが見えてきた気がした。いままでずいぶんとあっちこっちの分野について調べていたので、もやっとした完成図しか思い浮かべられなかったが、すべてがオリンピックという一大イベントに集約していくのだ。
「それで次はいったい何をするんですか?サイトのシステム面の方はだいたい完成してますけど」
日奈子ちゃんが今後の方針を矢羽田教授に聞く。
「しばらくは何もしない。大学側から支給された予算がもうほとんど残っていなくてな」
「あんなにあったのにもうなくなったんですか?」
倉田くんが矢羽田教授を睨む。矢羽田教授が予算を豪快に使っていたせいであることは明白だ。
「VR研究に関する協力についての2年間の活動計画をみせて学長に許可をもらった。これで少なくとも2年間は俺たちの飯代はあんたいだな」
「笑いがとまらんよなあ」
矢羽田教授は鼻歌まで歌いだす。自分の嫁に土下座までした甲斐があったと言えるだろう。
「ふ~ん、ふ~ん##」
「なんですか、その曲?」
「なんだ知らないのか、東京オリンピックのテーマソングだよ」
「テーマソングはまだ決まっていないでしょ。いったいどこからそんなガセネタを仕入れてきたんです……」
倉田くんは矢羽田教授の持っているある物に目が留まり、途中で言葉が切れる。
「ちょっと待ってください、矢羽田教授。教授が使っているそのノートパソコンもしかして」
「いや、なんのことかな~」
矢羽田教授はそっぽをむいてとぼける。しかし、そんなことでごまかされるはずもない。
矢羽田教授がもっているのはどこからどう見てもLet'sNote だった。
「これを売って寿司を食べに行きましょう」
倉田くんは矢羽田教授からLet'sNote を奪い取り、そんなことを言う。今年もらった予算がもうあまりないとか言っていたが、まさかそんなことにつかっていたとは……。
「いいですね」
日奈子ちゃんも喜んで賛成する。当然、回らないお寿司屋さんにいくんですよね、なんて言っていて楽しそうだ。
「べ、べつに良いだろ!!どうせ来年度も予算が出る。なにせオリンピックまでまだ3年もあるんだからな。俺たちの仕事は”これから”だ!」
矢羽田教授がそう言ったのとほとんど同時だっただろうか。コンコンと部屋がノックされる。
部屋の中が一瞬で静かになった。三人は顔を見合わせる。なぜだかとてもいやな予感がした。
「ど、どうぞ」
矢羽田教授はおそるおそる扉を開ける。そこに立っていたのは学長だった。
「学長?私の研究室に何か用事でも?」
「君にはまえにすこし話したけれど、来年から新しく都市環境デザイン学科を工学部につくろうと思っている。新任の先生に君たちの作っているサイトについて話したらぜひ引き継ぎたいといってくれたよ」
「………………」
「………………」
「………………」
三人は無言になる。
都市環境デザイン学科。それは地域と密着した都市開発や、より住みやすい街へ変えていくことを目指す学科。やっている内容的には矢羽田教授がやるよりもそちらの人間がやっている方が自然だ。
つまり、事実上の用済み宣言である。。そしてそれは来年度からの予算は期待できないという事。いや、予算はでる。出るが、予算は矢羽田研究室には回されない。後任の人間が予算を受け取ることになる。
「それじゃあ、引継ぎもよろしく頼むよ」
そう言って学長は上機嫌で研究室から出ていった。
「ちっくしょおおおおおおおおおおおお」
矢羽田教授は叫んだ。
「おい、倉田ぁ!新校舎の建設を止めにいくぞ」
「了解です!爆弾を忘れないでくださいね」
「二人とも置いてかないでください!」
三人は研究室から飛び出す。まだまだ彼らのオリンピックはこれからなのだ。
「東京オリンピック楽しみだね、お兄ちゃん💛」
朝顔ちゃんの声が誰もいない研究室にこだました。
まっぴんぐオリンピック 蒼井治夫 @kisser
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