食糧難を解決したはずの未来。緩やかな衰退の中で穀物は枯れた。
そんな絶望的な世界で「山羊女」は生み出された。
セルロースを分解できる腸を持った女。
その遺伝子を受け継ぐ山羊男を生み出すために、地下施設は作られた。
やがて忘れられた地下施設の中で、完結された世界が生まれる。
なぜこの小説を手に取ってしまったのか、実際のところよくわかりません。
山羊女というパンチ力の強すぎるタイトルに惹かれたのかも。
しかし、すべて読み切ってしまうと、これ以上適切なタイトルはありませんでした。
これはSFの中でも、ポストアポカリプスフィクションに分類される話です。
ポストアポカリプスというと文明崩壊直後というイメージが強いですが、これは文明崩壊後に、忘れ去られた地下施設それ自体が小さな世界を構築してしまった世界観。
文字とは何か、地上とは何か、山羊女とは何か。
定期的に食糧や衣服を供給されながらも、何もかも忘れ去ってしまった小さな世界。男たちしかおらず、山羊女に焦がれる感情の名前すらわからない世界はある意味で原始的。
はっきりと言ってしまうと、最後までわからない謎や、淡々としているが故にさらりと流される箇所もあり多少残念。
しかしそれは決して読みにくい・面白くないというわけではなく、文章自体はむしろ先へ先へと読者を先導する。
ストーリーの肝も謎解きそのものではなく、すべてを忘れ去った世界で文字や音楽を再発見し、他者との交流や「個人」の意識を得て、物を作り、そして最後には……と、驚くべき速度で発展していく文明の移り変わりにあるような気がします。
主人公である少年の目線で、そうした文明の変遷を淡々とした文体で駆け抜けながら、しかし大きな渦の中心には必ず山羊女がいる。
そういう意味では、これ以上無いタイトルでした。
地上の世界は滅亡したという。
食糧が生産できなくなり、人口が減少して衰退した。
そんな末期の世界で科学的に産み出されたのが山羊女。
彼女の特殊な消化器官を次世代に後継させられるなら、
食糧問題に解決の希望が見える。遺伝子実験は続けられた。
地下の世界は原始へと回帰したかのようだ。
山羊女は地下世界で唯一の存在であり、宮殿に住んでいる。
宮殿の外には男だけがいて、居住区はランク分けされている。
強さを証明した優秀な男は山羊女との儀式を行う権利を持つ。
地下世界の男は儀式の意味もわからぬまま、山羊女を渇望する。
幼かった少年は、育て親であるおじさんから文字を学んだ。
おじさんに連れられて図書館へ赴き、本を通して地上を知り、
やがて友情を結んだ茶色い髪の少年とともに音楽を発見し、
ガキどもにも文字を教え、次第に文明的な生活を手にしていく。
名前、という概念さえ忘却された世界観に惹き付けられた。
暴力的な混沌状態から連鎖反応的にカリスマ的存在が生まれ、
影響し合いながら、彼らの生きる社会を急速に変容させていく。
変容の向かう先は発展か、獲得か、それとも、本当の滅亡か。
激しいクライマックスを読み終え、静かな寂しさが胸に残った。
不思議な独特の世界観で、読んで行くうちに次々と謎が明かされていき読者を引き込む作品。
こういう崩壊した世界の謎を探るみたいな話は好きなので、忘れ去られた地下施設や地下通路のうす茶けた光景やそこで暮らす人々の様子が目に浮かぶようで、未知の世界を探検するそんなワクワク感や冒険心をくすぐられながら読みました。
文章もすごく雰囲気があり行間が凄く空いているという訳でもないのに読みやすいです。
静かに始まり静かに終わり、そして薄暗い空の中にほのかに希望の明かりがみえるようなそんな話。クオリティーの割には評価が低いと思うので、是非もっと多くの方に読んでもらいたいです。
雰囲気小説というと中身のないその場の勢いに任せた小説のようだが、そういう意味で使っているわけではないことを最初に明言しておく。
実は僕はこの小説の面白さがよくわかっていない。かわいい女の子が出てくるわけでも、楽しい会話劇が繰り広げられるわけでもないが、一気に一章を読み進めた。先の展開が気になって仕方がないのだ。これはとても不思議な体験だ。各話の最後をみても特別読者を煽るような終わり方をしているわけではないのに、先を読みたいと思った。作者の丁寧な描写によるものだろうとほかのレビュアーが言及しているがそれだけではないと僕は思う。頭にちらつくのだ。”山羊女”という字面が。小説のあらすじを読むとわかるが、そのネーミングは自然につけられたものだろう。一見すると流してしまいそうなほど自然だ。しかし、冷静に考えてほしい。山羊女はやべぇよ……。僕が読んでいてなぜか感じた不穏な空気の正体は山羊女に原因があるように思える。山羊女がどんなふうにかかわってくるかわからないために、ストーリーには独特な緊張感がある。ここら辺が雰囲気小説と評した理由だ。山羊女という字面的にいきなり登場して主人公が襲われてもおかしくなさそう……この作品を読んだ僕が書いているからその展開はないんだなと思ったあなた。その認識は間違っている。なぜなら僕は最後までまだ読んでいない。山羊女の正体を知ってしまったら書けなくなると思って途中までしか読んでいないのだ。そういうわけで僕は続きが読みたいのでこの辺で失礼しようと思う。…………山羊女はやべぇよな。
世界が滅ぶ前に作られ、目的の忘れられた地下実験施設で生きる者たち。
宮殿の山羊女と、周囲に衛兵。居住区には男しかいない。
居住区の男たちの中で、おじさんは唯一本を読む。
字の読み方を覚えた少年を、おじさんは、図書館へ連れて行く。
本の中には、世界がある。
世界を解く鍵が、文字だ。
刹那的な生き方だが、それぞれに何かを渇望している男たち。
少年は文字を他の若者に教え、さらに他の者たちへ。
本を読み、道具の使い方を知り、いろいろ知れば、疑問を抱く。
地下の世界には、おかしな点がある。
地上は、どこにあるのか?
夕べ一気読みしてしまって、現在寝不足です。
面白かった。熱かった。
くー! これは面白かった。
本作は、不思議な地下空間(地下施設)を舞台に、文字を知るおじさんと、おじさんに文字を教わる少年、少年と心を通わす茶色などが交わりあい物語が進展していく。空間の中心には、濠で囲まれた高く聳える宮殿があり、居住区の男たちから隔絶している。そこにはセルロースを分解できる「山羊女」がいる。
まず目を引くのは、小説全体を貫く淡々とした語り口だ。作品世界をとりまく寂寥とした雰囲気を伝えるにもってこいの文体で、どんどんと小説の中に引き込まれていく。
小説で多くの描写を占める、地下施設の通路の描写がまた魅力的。おじさんや少年が普段暮らす表層世界とは次元が全く異なる通路の世界。不思議で面白い仕組みが連続して、読んでいて飽きない。
寂寞とした世界観に下支えされ、キャラクターたちは活動していく。少年も、おじさんも、茶色も他の人物も、全員が何か、何かを喪失している。居住地で暮らす男たちは蒙昧とした存在として描かれ、すぐに喧嘩し、すぐに命を落とす。だが男たちは熱量を失ったわけではない。戦いの場面が何度かある。淡々とした語り口なのに、闘争する男たちの熱が伝わってくる。
中心人物たちもまた同様で、何かを失いながらも、それぞれが何らかの想いを持ち行動する。そうした各人の想いが、男たちを動かし、物語が大きく動いていく。こうした男たちが持つ熱量の様なものも、読んでいて印象に残った。
淡々として洗練された文体。不思議な地下通路と宮殿。何かを失いながらも、それでも熱を持つ男たち。これらが相まって、読者を不思議な世界に連れて行ってくれる小説だ。
ぜひ多くの人の眼に触れて欲しい、と思う。