緻密な雰囲気小説

 雰囲気小説というと中身のないその場の勢いに任せた小説のようだが、そういう意味で使っているわけではないことを最初に明言しておく。
 実は僕はこの小説の面白さがよくわかっていない。かわいい女の子が出てくるわけでも、楽しい会話劇が繰り広げられるわけでもないが、一気に一章を読み進めた。先の展開が気になって仕方がないのだ。これはとても不思議な体験だ。各話の最後をみても特別読者を煽るような終わり方をしているわけではないのに、先を読みたいと思った。作者の丁寧な描写によるものだろうとほかのレビュアーが言及しているがそれだけではないと僕は思う。頭にちらつくのだ。”山羊女”という字面が。小説のあらすじを読むとわかるが、そのネーミングは自然につけられたものだろう。一見すると流してしまいそうなほど自然だ。しかし、冷静に考えてほしい。山羊女はやべぇよ……。僕が読んでいてなぜか感じた不穏な空気の正体は山羊女に原因があるように思える。山羊女がどんなふうにかかわってくるかわからないために、ストーリーには独特な緊張感がある。ここら辺が雰囲気小説と評した理由だ。山羊女という字面的にいきなり登場して主人公が襲われてもおかしくなさそう……この作品を読んだ僕が書いているからその展開はないんだなと思ったあなた。その認識は間違っている。なぜなら僕は最後までまだ読んでいない。山羊女の正体を知ってしまったら書けなくなると思って途中までしか読んでいないのだ。そういうわけで僕は続きが読みたいのでこの辺で失礼しようと思う。…………山羊女はやべぇよな。

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