遣欧艦隊奮戦記・外伝~短編集~
ぷよ夫
空からの空からのジュットランド海戦 ~1916・5~
日本では、桜もとっくに蒼くなってる、五月末。
そろそろ梅雨の準備かなんて時期だが、俺、海軍少尉の桜田はなぜか英国近海にいる。それも空中だ。
遣英艦隊旗艦『榛名』からロープで繋がれた、観測気球『若鷲』号で指揮をとるはめになったのだ。部下と言っても、通信兵と、観測要員が三人程。少尉ならもっと部下がいてもおかしくないのだが、さみしいものだ。 まあ、たいした高度でもないので、それほど寒いということはないが。
現在、現地時間にておよそ正午。
後続の特設飛行艇母艦『海鳥』から、ニ機の偵察艇『鴎號』が飛び立って行くのが見える。俺(の部下)が、東の方から迫る独海軍艦隊を発見し、通報したのだ。この『海鳥』は、二人乗り程度の小型水上機ではなく、5人乗りのやや大きな飛行艇が運用できるのが特徴だ。
艦上からなら水平線の彼方の敵も、ここからなら丸見えだ。こちらは小さな気球であるし、いずれ、敵方の偵察機も来るであろうが、一応迷彩もしてあるので、ひとまず見つかりにくいはずである。
もちろん、英国艦隊にも知らせはいっており、反対側からは続々と味方が集まってきた。今の所識別できる主な味方は、我が巡洋戦艦『榛名』『比叡』『金剛』、特設母艦『海鳥』ほか巡洋艦など十数隻。英国のライオン級戦艦・・・あとはわからん。まだ遠すぎる。
午後ニ時。
独艦隊は、全くこちらに気付いていない様子で、おおよそ真直ぐに南東に進んでいる。状況は高砂通信兵により、逐一『榛名』に伝えられている。ロープとともに電線が敷かれているので、電話が使えるのが『若鷲』のいいところだ。『海鳥』の偵察飛行艇からは、かろうじて無電が打てるだけなので、何かと便利である。
暫くして一通り『鴎號』が飛び立つと、『海鳥』は駆逐艦二隻を護衛に待避、その他の艦隊は独艦隊に進路をとった。英艦隊が集まってからのほうがいいのでは、と思ったが、お偉いサン達にはなにか考えが有るのだろう。
一方、ここから見る限り英艦隊は我々よりやや南方に進路をとっている。おそらく、敵の頭をおさえようというところだ。後ろからは、新型のクィーンエリザベス級の戦艦も付いてきている。さらに・・・ああ、ものすごい大艦隊だ。
午後三時少し前。
敵はデアフリンガー級巡洋戦艦を中心に、先行部隊を出していたようだ。
おそらく、煙突からの煙等でこちらも補足されていることだろう。
先行部隊といっても、大型艦だけで五隻はいる。まともにどつきあいをしたら、不利なのだが、こちらには奥の手がある。
先に発見したこちらが、うまく敵の右側に同行する形に回りこんでおり、距離もこちらの都合が良い22,000メートルに設定した。最新の戦艦としても、かなり遠い砲戦距離なのだが、『奥の手』として、この気球に高精度の観測装置が取り付けられているのだ。積載量が飛行機より格段に多い、気球ならではの装備である。
『榛名』は、観測装置を生かすべく、気球のゆれが少ないように一定速度で航行しつつ、砲撃体制を整えているはずだ。こちらの……
ずだぁーーーん!
おっと。『榛名』が初弾をぶっぱなした。
煙の数からして、四発ずつの交互射撃のようだ。
待つこと、一分弱。先頭を走る敵のやや右側に水柱があがった。距離はドンピシャリ。
『榛名』の測距儀との連携、そして、血の滲むような訓練の結果、少なくとも距離は抜群の精度で測れるようになっていた。着弾観測も、ここ空中から行える。
修正して第二射・・・・・・四本の水柱が、敵艦を取り囲むようにあがった。
「挟叉しました!!」
高砂通信兵が思わず叫んだ。この大遠距離で、たった二回の砲撃で正確に照準をあわせたのだ。なんとも、これは凄いことだ。
どがぁーーーん!
続いて第三射。今度は主砲八門全てをつかった一斉射撃だ。
どがぁーーーん!
着弾を待たずに、さらにもう一射。
間もなく、敵艦の回りを水柱が取り囲んだ。
さらに、その中に一つ大きく炎があがるのが見えた。
「命中です!!」
さらに声を大きくする高砂。
俺はのぼせ上がりそうな彼を「まぁ、落ち着け」とたしなめた。
直後、第四射が発射され、さらに間もなく第三射が着弾した。
こんど上がった炎は二つ。たまらずデアフリンガー級は真っ黒な煙に包まれた。
第五射・・はない。指令部は、十分に損傷を与えたと判断し、目標を次に移すと指示してきた。その後着弾した第四射は、残念ながら命中弾なしに終わっている。
(後に分ったのだが、この間に、先行部隊のヒッパー提督が戦死したらしい)
高い防御力をほこるデアフリンガー級だが、意外にもたった数発で脱落してしまった。
想定外の大遠距離からの砲撃、すなわち、より垂直に近い角度で降ってきた『榛名』の砲弾に対して、装甲がもたなかったようである。
そして、先頭のデアフリンガー級(後にリュッツォーだったと知った)が脱落すると、二番目を航行していたもう一隻のデアフリンガー級は、このままでは一方的にたたかれると判断したのか、こちらに進路を向けてきた。
敵艦隊の変進を受け、こちらは照準の合わせなおしを行った。
再び交互射撃。
水柱はやや敵の遠方側に発生した。ぴたりと敵に動きを合わせた先ほどのようにはいかない。
と、そのとき、敵も射撃を開始した。
現在、距離20,000メートル弱。届かない距離ではない。
こちらは、『榛名』だけが射撃を続けた。この距離ではそう当らないし、どれがどの艦の弾が作った水柱か分からなくなる。
今度は近すぎた。敵は少しずつ進路を曲げているので、中々あたらない。
第三・・・第四・・・第五射でようやく挟叉が出た。距離は17,500程度まで迫っている。それを受け、やや遠いものの、『金剛』と『比叡』も射撃をはじめた。
二隻分、四本ずつの水柱が上がった。だいぶ外れているが、ザイドリッツとおぼしき敵の三番艦に砲撃を集中しているようだ。
敵も打ち返してくるが、こちらの方がひとまわり大口径である。「だいぶ外れている」どころか、あさっての方に飛ばしている。
そして第六射で敵二番艦に命中弾がでた。あたり所がよかったのか、わずかに煙りを上げながら打ち返してきた。
その打ち返してきた砲弾の照準はかなり正確になってきており、大きな水柱が、一番近いもので『榛名』の右150メートルのあたりに上がった。
「次は、命中喰らうかな」
そう思った瞬間、敵二番艦が見えなくなった。
あるはずの場所に見えるのは、5本の水柱と、真っ黒な煙、そして真っ赤な炎。
「敵二番艦、爆沈!!」
呆然とする俺の隣で、高砂が電話に向かって叫んだ。
そう、爆沈だ。爆発して沈んでしまった。よほどあたり所が悪かったのだろう。
これで残る敵大型艦は三隻。数の上で互角。性能ではこちらが上だ。
ここで回りを見渡すと、敵陣に変化がおきていた。
先行部隊の救援か、他の部隊がこぞってこちらに集まってきてるのだ。
「敵艦隊、こちらに集まりつつあり!」
『榛名』に連絡を入れると、英艦隊に連絡する、という主旨の返事がもどってきた。
まぁ、英指令部も偵察機はとばしてるから、それなりに状況は把握してるだろう・・・と、思いきや、だいぶ離れてしまっている。はたして間に合うか。
おっと、悩んでるヒマはない。目の前にも敵は迫ってきている。
新たな目標を測るよう指示をだし、『榛名』の射撃を補助する。
目標を切り替え、再び射撃を開始する間に、『金剛』『比叡』が敵三番艦ザイドリッツのようだを袋だたきにしている。
ここへ、はじめて『榛名』への命中弾があった。
ガーンガーン!と二発命中し、『若鷲』号も衝撃で揺すられた。
とはいえ、14インチ砲を搭載し、同様の打撃力の相手と「どつきあい」するように設計された、この金剛級巡洋戦艦が11とか12インチ砲を喰らったところで、さしたる障害はないはずだ。下を見ても、甲板から小さな火の手が上がっている以外は、問題なさそうである。
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まったく、ウチの少尉どのときたら、働きゃしない。
俺が電話で受けた指示をオウム返ししてるだけじゃねえか。
「高砂、おちつけ!」
はいはい、落ち着いてますよ。アンタが五月蝿いから、でかい声で電話してるんだ。少し、静かにしていてくれよ。
隣では観測員が「こう揺れてちゃ、精密測定できん!」と言ってる。
わかった、下につたえとくよ。
「こちら、大揺れにつき、測定続行不能」
『了解。揺れがおさまるまで、着弾観測のみを続行せよ』
すぐに返事が帰ってきた。少尉殿にそれを伝えると、またオウム返し。
「揺れがおさま・・・・おゎ!」
また一発喰らった。艦は大した損傷でないが、こちとらまた大揺れだ。ロープで繋がってちゃ、しょうがない。
『目標を的四番艦にうつし、射撃を開始する。着弾観測せよ』
俺は「了解」と返事をして、でかい声で復唱した。
少尉殿はすることがなくなって、黙っている。
そして一発目がすぐに発射された。いい加減近付いたので、いきなり八門斉射だ。
「うまいっ!」
思わず観測員が叫んだ。
水柱が敵を取り囲んだ。たしかにうまい、いきなりの挟叉だ。
その直後、敵艦は、一斉射すると、急旋回をはじめた。少尉殿もそれを見て、「報告をいれろ」と命じてきた。
「敵艦進路変更、要射撃修正・・・・わ!」
どがどが~~~ん!
再び命中弾。二発の直撃だった。
少し間を開けて、『榛名』は真っ黒な煙を、もぅもぅと大量にあげはじめた。
『我、煙突を損傷せり。煙に注意せよ』
煙突に一発くらったのか・・・。風向きの関係で、煙はこちらに回ってこない。
が、艦の速力が低下しないか、心配になってきたなあ。
少し間をおいて、こちらも斉射・・・・・やや左にそれたが、それ程大ハズレはしていない。今の距離は、目見当でだいたい8千くらいかな。これだけ近ければ、ねらいも正確になるさ。敵も同様で、俺が下に報告をして一呼吸おいたところで、それほど離れていない水面に、敵弾による水柱が上がった。
おそらく、お互いに次は当ててくるだろう。先に撃った方が有利だ。
そして、こちらが先に撃った。
彈着前に敵は撃ってくるか・・・・いや、間に合った!
敵が次弾を発射する前に、敵艦に命中を示す炎が上がった。
しかし、その数は一つだけ。いくら格下とはいえ、致命傷にはならないだろうな。反撃がくるだろう。
・・・・・と、思っていたら、艦尾あたりから物凄い火柱があがった。
「どうなってるんだ?」
俺は思わず言った。
「なんか、砲塔が舞い上がってるなぁ・・」
観測員がぼそっと返してきた。
「ああ、発射寸前の弾薬が誘爆したんだろう。それが弾薬庫にまわったな。」
少尉殿が自信ありげに言った。まぁ、ごもっともです、はい。
敵四番艦を撃破したころ、残りのニ隻は、敵五番艦を鎧袖一触のもとに火だるまにし、脱落させていた。被害はそれなりにあったが、逃げ出す暇すら与えない勝利だ。
でも、なにか忘れてるような気がする。
ああ、そう言えば、どつきあいしてる間に、敵の本隊はというと……
うわ!
ずいぶん接近しているじゃないか。報告しなければ。
「敵本隊、接近してまーす!距離、約二万八千!」
観測員に距離を測ってもらい、早速電話を入れた。
『了解。目標を変更する。敵状を……バリ…ジージー……せよ』
あれ、おかしいな・・。音がちゃんとこない。敵状を知らせろってところか?
「敵状報告しまーす!」
『こちら「は…な」ビビ、ビ、音声が……バシ、バシ…』
「お~~~い」
『……』
ほぼ、無音。
そこへ「おい、どうした。」と少尉殿が声をかけてきた
「あら・・あらぁ・・・火災で電線が焼けてしまったのかな?音信不通であります」
「うむ、この火災ではありうるな・・・・おっと、なんかおかしくねえか?」
そういえば、『榛名』から遠ざかっているような・・・・・
「あーあ、やっぱりな」
少尉殿が下を見て言った。
「『榛名』と繋がっていたロープが焼き切れてしまった。ロープはただ「若鷲」号からぶら下がっているだけだ。重しにしかならんので、捨てるぞ。貴様らも手伝ってくれ」
あわてて、乗員六人全員でさっさと取り外しにかかる。
この場合、少しでも軽くして長く飛んでいないと、戦場のまっただ中に着水するハメになる。そんなのはゴメンだよ。
電話が使えない以上、ここには小型の電信機しかない。しかし、これがあれば電池がきれたり、壊れたりしてしまわなければ、救助はよべるさ・・・。まぁ、このままどこかの陸地に辿りつければいいのだが、如何せん気球なので風まかせだからなぁ。
あ~あ~、『榛名』が撃たれまくってるよ。煙が目立つから仕方ない。
にしても、中々頑丈な船だ。まだ撃ち返してるよ。
でも、中に二町目の山本おじさんがのってるんだよなぁ。ヒョウロクだかイソロクだか、変わった名前だったっけ。八百屋の栗田さんの甥ッコもいたなぁ。生きてりゃいいけど。
英国艦隊もまざって、だんだん、メチャクチャになってきた。
『金剛』は第三砲塔があさってのほう向いちゃってるし。
ん?・・・・・ああ・・・いい風が吹いてきた。
このまま流されれば、英国のどこかに辿り着くな。
まあいいわ。
取りあえず『サキカエル』と、無電を打っておこう。
だれか拾ってくれるべ。
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その後、英国某所に不時着した「若鷲」号の将兵達は第二次、第三次対戦において重要な役割を果たすのだが、それについては、おいおい語られるだろう。
なお、ジュットランド海戦は、この後英独入り乱れての大乱戦となるが、最後には退路を断たれた独艦隊が壊滅的な打撃を受けることになる。
そして、終戦まで戦力が回復することはなかった。
この戦いの序盤において、独先行艦隊が壊滅することなく、また、ヒッパー提督が生きながらえたとしたら、歴史は大きく変わったことであろう、と言われている。
なお--
『榛名』は独逸艦隊の袋叩きにあい、どうにかドーバー海峡北部沿岸にたどり着くも、座礁。
そこで何故か記念艦として保存された。
『金剛』『比叡』もかなりの損傷を受けるものの、日本への帰還をはたした。
了
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