南海のいきのこり ~19xx年 夏~

――んあ~?

 なんだこの波の音は。

 やれやれ、すっかり眠ってしまった。

 目を開けてみる。

 俺の乗ったボートには、十人ほどの仲間達や、仲間だったモノが乗っていた。

 「仲間だったモノ」ちゅーのは、アレだ。死体だ、死体。

 生きてる連中も、体力使いたくないから、葬る作業は後回しにしてるのさ。

 南海の熱い日差しにじりじり焼かれ、かなり参って来た。

 食い物も、飲み水もろくにありゃしないんだから。

 北の海で凍えるのと、どっちがマシなのか。


 何時間前か、何日前かどうでもよくなっちまったが、おれたちは戦時急造の護衛艦『榎七号』の乗組員だった。

 だった、ってのはまぁ、沈んじまったのさ。潜水艦にやられて。 

 本当なら、俺たちが潜水艦を退治する側なんだが、してやれらたんだよ。チクショウ。

 ま、しょぼいフネだったけどな。普通、駆逐艦でも一隻ごとに「松」や「楓」、「不知火」なんて名前が付けられてるのに、俺たちのは「榎」型の七番艦で「榎七号」。同型艦はみんな「榎」だ。

 みんな並んだ時は、やれ「榎林」だ「ホダ木にはえたエノキダケ」だなんて、自嘲しあってたっけな。

 で、その「榎七号」で生き残ったのは、ボートに飛び乗った俺たちだけ。

 いや、他のボートを降ろすことに成功した奴もいるのかもしれないが、はぐれちまったのかな。どうなったことやら。

 せっかく乗って来た仲間も、すぐに怪我がもとで何人か死んじまった。

 はじめの頃は、寺の三男坊だという若い兵がお経を唱えて、手を合わせた後に海に葬っていた。だけど、だんだん皆バテてきて、それすらしなくなった。

 生きてる奴も、死んでるみたいだ。

 ああ、俺もか。

 

――ん~~水? 風?

 なんか、雲行きがあやしい。

 と、思ったら、南海名物スコールだ!

 最初は生きてる皆で、やれ飲み水の確保だ、やれ水浴びだと騒いでいたが、すぐにそれどころではなくなった。

 日本の夕立ちが「バケツを引っくり返した」ものなら、こいつは「琵琶湖を引っくり返した」ような凄まじさだ。うっかりしてたら、こんなボートなんか浸水して、みんな共倒れになっちまう!

 動ける奴は総出で、使えそうなもの、バケツやオールや自分の手でかき出しにかかった。

 そのスコールは、まぁスコールだけにすぐに止んだ。

 これで飲み水には困らなくなった(船底にたっぷり残ってる)が、体力をだいぶ使ってしまった。

 まったく、しんどいな。

 あれ?

 イチニイサン……三人足りない。

 死んでた奴は、流されるか振り落とされちまったのかな。

 でも、死んでたのは二人のはず。あと一人は、だれだ?


――どぼん

 ぬばっ、落ちた!

 俺としたことが、うとうとしてるうちに、船縁から海に落ちちまった。

「おーい、助けてくれい!」

 助けを求めるが、呼べど叫べど、返ってくるのは冷たい目線だけ。

 いや、この目線には生暖かさすら感じる。

 くそっ!

 だめだ、みんな助ける余裕なんて無いんだ。

 船に向かって必死に泳ぐが、体が動かない。いかん、さっきのスコールで体力使い果たしている。

 このまま溺れるのは、いやだぁ~ああ……あ!?

 なんだ、この丸いのは。

 どう見ても、機雷だ。こんなの俺は嫌いだ。

 ダジャレを考えてる場合じゃない!

「機雷だあ、機雷が浮いてるぞ! 助けて……うわぁ~~」

 さっきまでぐったりしていた連中が、急に起き上がってオールを持ち、必死に逃げはじめた。

 おいおい、どんどん遠ざかって行くじゃねえか。お~~い!

 なんてこった。

 さっきまで乗ってたボートが、遠ざかり、波間に消えて行く。

 しかし、まあるい機雷だけが俺の傍でぷかぷか浮いてやがる。

 だめ、やめっ、しっしっ!

 こっちに来るな、来るなってばぁ~~~~~


「ぬぁ~あああ!」

「どうしたの、おじいちゃん? 汗だくだよ」

 ありゃ?

 小さな女の子が、首を傾げてこっちを見てる。

 そういや、自分の孫じゃないか。

 ああやれやれ。縁側で昼寝してたんだ。

「ごめんごめん。暑かったからねえ」

 俺はそう言って、孫を抱きかかえた。

「おじいちゃん、あついよー」

 孫はひょいと手を離れて降りてしまった。あはは、暑苦しいし汗臭いわな。

 あの時は、恐怖で吹き出した「冷や汗」で汗だくになったっけ。

 ついでにションベン漏らした。誰にも内緒だが。

 結局、あの機雷はダミーの浮きで、それに捕まって俺は助かった。

 ボートの連中は……

 本物の機雷に触れてばらばらになっちまったらしい。助けてくれた商船の船員さんに後から聞いた話だが。

 何の因果か俺は、生きてる。

 生きてるから、孫がいる。皮肉なことだが。

 さて、孫に冷たいものでも出してやるか。

 俺は立ち上がり、風呂場に向かう。

 ふたを開けると、冷たい水の中にはでっかい西瓜がぷかぷかと。

 なんだ、これじゃ機雷だ。

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