フィラデルフィアで船を買い ~1935・春
1935年春。
米国の造船業は、増産に次ぐ増産で、嬉しい悲鳴を上げていた。
ここフィラデルフィアでも、毎日沢山の船が文字通り新しい船出の時を迎えている。
ちょっと図体のでかい中古商船「ジェリー号」のブリッジに、小太りの水先案内人が入って来た。
ブリッジには既に人が配置されており、出航の準備が整えられている。
「どうも、案内人のスミスです。よろしく」
「よろしくナ。船長のハンセンですじゃ」
船長を名乗ったのは、ひょろりと背の高い、ドイツなまりの初老の男。
「そンじゃスミスさん、船を出すから、案内たのンます」
ぼーぼーと汽笛が鳴り、船はゆっくりと岸壁を離れた。
ブリッジから見渡すだけでも、港は船だらけ。ついでに、港の外も船だらけ。
「凄い活気ですなゃ、スミスさん」
「ええ。ルーズベルトさんが大統領になってから、急に景気が良くなりましてね。造船も海運も、てんてこ舞いですわ。おかげ様で、で私も仕事が増えましたよ」
「おらぁ、これからドイツ行きだーよ」
「そうでしたか。おっと、一時の方に岩があるから、取舵してください」
ハンセンは「と~りか~じ」と言いながら、舵輪を回した。
ブリッジの外では、若い船乗り達がデッキをゴシゴシ磨いている。
若者達は、肌の色も髪の色もてんでバラバラ。白かったり黒かったり、ラテン系だったり、ユダヤ系だったり。
「イヤ、賑やかですな~。人手が足りないようで」
「おらがドイツも、景気じゃ負けてませんわ。ヒットラーさんが首相になってから、景気がかなり上向いてまっせ。ウチのシャチョウも、とにかく船買わにゃって、わざわざ大西洋を渡ってきたンですわ」
「その社長さんは?」
「五隻ばっかり買い付けて、先に沖で待ってますわ」
スミスは「どれどれ」と、港外の方を見渡したが、船が一杯でどれだか分からない。そして、ちらりを横を見て仰天した。
「あっら~。凄いのが並んでるね」
かなりの速度で走る船が五隻。それらは、どう見ても大砲を外した「お古の」駆逐艦にしか見えなかった。
「あんなもの、手に入るんですかね?」
スミスは窓に食いつくようにして言った。
「手に入るもなンも、ウチの会社も一つ、持ってますわ。足が速くて丈夫で、武装を外した所に結構荷が積めるんですわ。まぁ、維持費高ぇから特急便用ですがね」
「ほぉ。どっちにしろ、人殺しの道具が、商売の道具に生まれ変わるんだから、悪い事じゃありませんなあ」
「平和はエエですなぁ。ユトラントじゃ、甥っ子が沈んじまってね」
ハンセンは、遠く東の方に目をやった。
「それはそれは……」
「あ、気にせんでくだっせ。きっと生きてると信じてっからさ」
「わしら船乗りはいつも命がけだけンど、港に着くまでが航海やからねぇ。やっぱり、夕凪の時は安心しますわ」
船が外洋に出る頃、日はだいぶ傾き、風が弱まって来た。
「そろそろ、私はおいとまします。今日はおつかれさまでした」
スミスは帰り支度を始めた。
一応、外洋に出たため、水先案内人の仕事はここまでである。
「どうも、おっかれさン。気ぃつけてな」
「ハンセンさんこそ、長い航海なんだから気をつけて。それでは」
「ンじゃ」
スミスはブリッジを出ると、若い船員達と挨拶を交わし、迎えのボートに乗り移った。
水平線の近くには、ハンセンの仲間とおぼしき商船が四隻、停泊している。
「ふゎ~、つかれた。たしか、明日のお客もドイツ人だっけな――」
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