震電の飛んだ日 ~1945・2~

「なー斉藤、最近雲ゆきあやしいよな。」

「そうか?どう見ても快晴だがなぁ。」

「そうじゃねえよ。またドンパチが始まりそうだってことさ」

「ああ、そうだなあ。アメさん、力余っちゃってるからなあ」


 1945年初頭。

 九州飛行機のテスト飛行場の片隅で、日野と斉藤が弁当を喰っていた。

 二人は、推進式の高速迎撃機「震電」の開発員だったのだが、つい先程、それが中止になったと言う報告を聞き、途方にくれていた。

「くやしいよなぁ。いくら、三菱の雷電が時速700キロ突破成功したからって」

「仕方ねえ。こちとら、離着陸がしにくかったり、速度が思う程あがらなかったり、あげくに機銃積んだら、頭が重くてヨタついたり。ボツにもなるわい」

「それでも、720キロ出たんだが・・」

「陸さんのジェット『火龍』は770でとるわい!」

 日野はそう言って資料に目を通すと、さらにがっくりしてしまった。

“制式採用『雷電』四三型”

 金星七型ニ四三○馬力搭載 最大速度七三ニkm/時

 主要装備:ニ○mm機関砲4門 自動空戦フラップ

                      ――云々。

 おもわず、二人は「はあ」と白いため息をついた。


「あ~寒みー。天気はいいが、外で弁当喰うにゃちと寒いわ」

 と、日野が社屋にもどろうとすると、「キーン」とかん高い音が頭上から聞こえて来た。

「あれは……? 英国のミーティアだなあ。なんでこんなところにおるんだ」

 斉藤が見上げてみると、どうも様子がおかしい。

 社屋からは、わらわらと人がでてきた。

「おい、貴様らも、バケツもってこい! おっと、斉藤。貴様、英語できたな。ちょっと管制室いって手伝ってやれ。」

 あわてて管制室に駆け込むと、係員が下手糞な英語でじたばたしていた。

「びーけあふぉ!足・・えーと・・ふーと!ふーと!」

『Hood?.....Right.I'll open canopy for escape(フード?...ああ。脱出するのにキャノピー開けとくわー)』

 斉藤は思わず「ぶ」っと吹き出してしまった。

「ちょっとかせや!」

 斉藤は無線機をふんだくると、流暢な英語でパイロットを案内した。

 ミーティアはエンジンが片方停止しており、主脚も片足しかでていない。パイロットは、このさい両足を畳んで胴体着陸を試みるということだ。

 ズザザザァーーーー 

「お見事!」と、管制室の誰かが言った。

 機体はそれなりに損傷したものの、火災も無く、パイロットは誰かさんのおかげで開けてあったフードから救出された。


 翌日、日野と斉藤は主任に呼び出された。

「例のミーティア、機体はもう飛べたものでは無いが、エンジンが片方無事だ。外して、震電の試作機につっこんでみてくれ」

 無茶な話である。

 しかし、金も時間もそれなりに出すから『やれ』という業務命令だった。

 レシプロ『震電』がボツになってしまい、下請けと一部民間機の仕事だけになってしまったので、会社としては必死である。なりふり構わず、とにかく『やれ』と。

 二人ともそれは分っている。無茶とわかりつつ、了承した。


 そして、もがくこと四十と三日……二月二十三日。

 なんとか飛べそうなものが出来上がった。

 飛行機大好きな二人をはじめとする、現場チームの徹夜つづきの努力の成果だ。

「東京の柴田だか芝中だかとか、宇都宮の中島やらその子会社の電気屋まで来てるぞ」

 斉藤は、遠く関東から集まってきた技術者たちの顔ぶれを見て驚いている。

「ははっ、みんな好きなんだよ。ほら、出てきた」

 テスト機は、少しだけ暖かくなった春空の下、整備員に滑走路へ押し出されて来た。

 少々クマができている技術者の目が、ぱっと輝く。

 見えてきた新しい「震電」は、一目にはプロペラの付け忘れにしか見えない。

 だが良く見ると、空気取り入れ口が広がり、主翼にある方向舵が下に大きく突き出ていたものを、上の方にかえた程度の変化だった。また、ペラが無くなったついでに、足を短くできたので、離着陸はし易くなったようだった。

「コンターク!」

 皆が心配そうに見守る中、そのテスト機に、始動用の電源を積んだトラックが横付けされ、エンジンに火が入れられた。

『ヒュイーーーッ!』

 始動、成功。エンジンのテストは、斉藤たちが済ませており、万全だ。

 出力を上げ、取りあえず地上滑走。

 問題無し。

 戻って来た機を一旦停め、再び一通り点検を行う。

 暫くして、再始動がかかり、今度は離陸のため、滑走路の端へ移動した。

 じっくりと滑走路を目一杯使い、そして……離陸成功。

「おー、飛んだ飛んだ!」

「ったりめーだ。飛ぶように作ったんだよ」


 翌ニ月二十四日。改めて『震電』開発にゴーサイン。

         中島九州精機製遠心式ジェットエンジン、ネ21の供給決定。

 三月二日。795km/hを記録。




 三月三日。日米開戦。


 ジェット戦闘機として制式採用された『震電』は、第三時大戦前半の主力迎撃機として、三三型まで改良を重ね活躍することになる。

 そして、後に大戦最強と言われる戦闘機『鬼風』は、この『震電』あってはじめて作られたといわれている。

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