ふたりのための物語

静かな、けれど冷めてはいない物語。

近未来、ミルクパズル症候群と呼ばれる病気が広まりつつある世界。
患者は徐々に記憶を失い、その記憶はミルクパズルのようにまっさらになる。
記憶のバックアップとインストールはできるものの、記憶喪失からインストールまでの差分を復活させることはできない。

僅かな差分とはいえ、その記憶は自身の一部。
失くせば自分の同一性さえ揺らいでしまう。

ヒロインはその恐怖を語り、静かに抗います。
そして、そんな彼女に寄り添う主人公。
物語はしっとり進んでいきます。

最終話を読み終えて思ったのは、二人の関係がひどくもどかしい、ということでした。
お互い替えのきかないパートナーでありながら、どこか淡々と接している。
なぜ一歩先に進まないのだろう、そう感じました。

けれど、それこそがミルクパズル症候群。

二人の間には「記憶の喪失」という、失恋や死別とも異なる独特の恐怖が横たわっているのでしょう。
彼との大切な時間を忘れてしまったら、忘れられてしまったら。
それは、ただ別れるよりはるかにつらいのではないか。

この切なさは、本作でしか描けないものだと思います。
ひどく切なく、けれど温かさを感じさせる物語でした。

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