シェフの気紛れランチと変わり者
からんからんと鳴り響いたドアベルに、食器を拭うクロスの動きが止まる。さあ、ご来店だ。退屈な静寂が終わりを告げる。そしてやって来るのは、お待ちかねの非日常──だからこそ、シノノメはゆるりと口角を持ち上げて振り返るのだ。
「いらっしゃいませ、お客様」
「やァ、今日は」
シノノメの声に手を挙げながらドアをくぐったのは黒い山高帽が如何にも特徴的な長身の男、その後ろには黒いフードコートの青年。あまりにも怪しい組み合わせだが、その片割れの山高帽の青年はこの店の常連である。慣れたように案内もなく、気に入りの窓辺の席に腰掛けると、山高帽を外した青年はふわりと笑う。
「失敬、珈琲をふたつ」
慣れた調子の注文に、にんまりと笑いながら珈琲をみっつ用意する。何しろ、他に客の姿はなく予約もない。何よりもこの男の連れてくる客が只人である筈がない。良い
「オヤオヤ、店番はいいのかい?」
「ええ、暫くは暇ですから」
苦笑する男にシノノメもにんまりと笑顔を向ければ、丁度向かい合うように座っていたフードコートの青年が深く息を吐き出すのが聞こえた。はて、そういえば──シノノメは言葉を紡ぐ。
「そう言えばお客様、此方の方は初見えのようですが?」
「あァ、そう言えば紹介しないとネ──」
シノノメの質問に応えようと男が口を開いたその時に、フードコートの青年が被せるようにして声を上げた。
「自己紹介くらいは自分で出来る──料理人、俺の名は
「薄気味悪いは酷いねェ」
月冴、と名乗った青年は自身の言葉の後に続いた男の声に呆れを滲ませた視線を向けるが、その仕草すら面白いのかくつくつと笑い続ける男に、諦めたような溜息を零した。
「とはいえ、俺は心喰いの亜種みたいなモノ──所謂
其処まで吐き出して、彼はシノノメに向き直る。その視線が此方へ自己紹介の水を向けたモノだと理解して、シノノメは口角を吊り上げて椅子から立ち上がった。
「お初にお目にかかります、お客様。私はこのレストランの料理人の一人。名をシノノメと申します」
優雅に一礼。その立ち姿に迷いはない。
「おもてなしには全霊を、語る言葉には優美さを携えまして──お客様に最良の
さて、魂を喰らうというその男にどんな感情を食わせたものか……シノノメは思案する。感情を調理するとて、その他の者に食べられぬ料理を出さねばならぬ謂れはない。ゆっくりと頭を持ち上げて見せながら瞳を細めた。
「きっと、あなた様にもご満足頂けるかと」
心喰いと不思議なレストラン 猫宮噂 @rainy_lance
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