朝のサラダに悪魔の話を添えて

 オリーブオイルを一滴。香りづけには丁度頃合がいい。

 トレードマークともいえる黒い山高帽をテーブルの上において、彼はサラダを味わっている。新鮮な朝への希望が込められたそれの爽やかな酸味と、期待の込められた甘さ、仄かな苦味と何処か子供っぽい青臭さが彼の舌を愉しませる。


「やはり朝はコレだねェ」


 のんびりと呟かれたその声は成人を迎えた男の低いそれであるというのに、酷い甘さと色気を含むものだから、女ばかりでなく同じ男ですらくらりと来てしまうのではないだろうか、と彼と向かい合った青年は思案する。尤も、青年は彼に欲情するなど死んでも御免だ。自身が人間の底辺に属する類のクズである事は自覚しているが、目の前の男はそのさらに上をいく魔族──その全てが人の心を喰らい糧にするための姿で、凡そ人間のことを餌としか思っていない鴉なのだから。


「朝からイヤな奴と相席になったもんだぜ」

「酷い物言いだな、青年。珈琲カッフェを奢ってやったのは私だろう?」


 思わずつぶやいた言葉に、返事があるとは思わなかった。不意打ちの言葉に舌打ちせんばかりの勢いでねめつけてやれば、鴉は肩を竦めて「おお、コワイ」と大仰にお道化る。堪えた様子が欠片もないので、自然彼の口からは悪態が漏れるのだ。


「カッフェなんて今日日きょうび聞かねえよ」

、という物言いも中々どうして聞かないがね」


 こうして、まぜっかえされるのだけれど。


***


 そう言えば、と青年は声を上げる。


「──鴉、アンタ昨日「何」喰った?」


 心喰いが揃えば、自然その話題は「食べた感情」についてに為る。何しろ心喰いというのは実に様々な連中が集まるもので、目の前の鴉のように魔族であったり、妖であったり、或いは彼のように人間であったり、ヒトを辞めたナニカであったりするものだから、共通の話題などというのは極端に少ないのだ。


「私かい?キミの話をしてくれると思ったのだが」

「俺は昨日はソウイウノは喰ってねえの。今は調理中。OK?」


 ニタリ、凶悪に嗤う青年に鴉は苦笑を返した。キミは相変わらず趣味が悪い。そんな声が微かに滲んでいる。


「マァ、いいさ。私の話をしようか」


 鴉はそう呟くと食べかけのサラダにもう一度オリーブオイルを垂らす。酷く華やかな香りと、とろりと透明に光る密のようなそれが、瓶の中でゆらりと揺れるのを、金色の眼で見つめながら囁く姿は、正しくヒトを惑わす悪魔のそれ。


「昨日の私の食事は、この美しい油のように酷く華やかでいてけれど口寂しい──そんな「嘘」だったよ」


 悪魔の話は、まだ始まったばかりだ。


──────────────

即興小説トレーニング様にて30分、お題は「昨日食べた嘘」、必須は「オリーブオイル」で書き上げました。

登場キャラクターは当方作成「クーレエ」と「葛野木くずのき伽藍がらん」です。

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