第33話 政府の逆襲
だだ広い書庫である僕の部屋に、僕のケータイの音が鳴り響いた。スマホの時計を確認した。まだ午前1時だ。
「誰だよ、こんな時間に!」画面を確認すると、萌美さんだった。
「どうしたの?」
「あのね…ひとことで言うと少しややこしいことになってるみたい」
「今どこにいるの?」
「タクシーよ。10分後に到着するから喫茶店に集合で。すぐに話したい」
こんなことは初めてだ。萌美さんが午前様になるのはそんなに珍しい事じゃない。でも、話をするにしても、次の日の朝というのが普通だ。わざわざこんな夜中に起きて話をしなければいけないって…。
「わかった。しずくさんも起こしたほうがいい?」
「さっき電話したから、起きてると思う。とにかく喫茶店集合ね」
僕は、ガウンを来て、書庫を出た。初夏とはいえ、やはり夜中は肌寒い。薄暗い畑の道をそろそろと歩く。スマホの明かりに照らされたトウモロコシやトマトの葉がザワザワと音をたてて揺れた。
喫茶店の扉を開けると、ガウンを着たしずくさんが、珈琲を入れていた。
「おはようって、早過ぎるよね」
「そうだよね。一体なんなんだろうね」と言いながら僕は珈琲を運んだ。
ガチャッ。
「ただいま」萌美さんが帰ってきた。
「おかえり、一体どうしたの?」
「とんでもないことになったわ」
いつもおちゃらけている萌美さんが青い顔をしている。
「明日から壁新聞を書いているマスコミ全員のパソコンにハッキングすることになったの」
「え? ハッキングってどういうこと?」
「壁新聞の取材源などを消去するということみたい」
「でも、消去するってさ…。みんなほとんど鉛筆で取材をしているでしょう」
「私たちが消すのは、音源、写真、動画よ。つまり、国家が『一方的に誹謗中傷がされている』という体裁をつくろうことにしたんだと思う」
「なんて卑怯な!」
「ひどい!」
僕もしずくさんも思わず大きな声が出てしまった。
「大五郎さん、しずくさん。今回ばかりはもう万事休すよ。私もどうにもならないわ」
「私が中田さんにお願いをしても難しいかしら」
「ダメよ。中田さんだって私と同じ国防省の単なる職員なのだから。粛々と上司の命令に従うしかないわ。それにしずくさんがそのことを知っているなんてことを中田さんに知られたら、私の身が危ないわ」
「そりゃ、そうよね…」
「とにかく、何か次の策を考えなければ。明日、鉛筆会議のメンバーを全員集めたほうがいいかもしれない」
確かにそうだ。しかし全員を集めるとなると…。カフェで目立ちすぎる。休むということもありだけれども、なるべく不自然な行動を取りたくない。
どうしようかと考えたところで、しずくさんが思わぬ提案をした。
「明日、萌美さんが臨時でワンマンライブをするというのはどうかしら?」
「あ、それはいい!」
そう、萌美さんの弾き語りワンマンライブには2回め以降最後まで客がいたことがない。あまりのギターの下手さと音痴にみんな耐え切れなくなるからだ。
「コラッ。私の演奏をかくれ蓑にするなんて。でも、妙案ね。明日は残業しないで帰るわ」
ということで、急遽萌美さんが弾き語りワンマンライブを開催することになった。
翌朝、カフェは大忙しになった。お客さんがたくさん入っているからではない。萌美さんがワンマンライブをする情報がお客さん全員に伝わるようにしなければいけなかったからだ。
僕は、書庫の裏に置いていた、ベニヤ板で巨大立て看板を作った。それを3つほど作り、カフェの入り口、温泉施設の入り口、駐車場に設置した。
そして、萌美さんのポスターを3メートル×5メートルに引き伸ばしてもらうために、印刷博物館に出かけた。すっかり所長さんと仲良くなったおかげで印刷も快くしてもらえるようになっている。
僕のカフェには印刷機を一切置かなかった。22世紀の印刷は、情報を読み取られてしまう。うっかり印刷機を置いて、印刷してはいけない情報を印刷してしまわないようにするためだ。
事情を話せないため、社員からは大ブーイングを受けている。そりゃ、チラシを作るにしても、印刷機があったほうが便利に違いないから無理もない。
「所長さん、こんにちは!」
「お、大五郎。来たか」
「今日は、印刷してほしいものがありまして」
「どれどれ…」
僕は、萌美さんの写真を見せた。その時、所長さんの顔色がサッと変わった。
「君、この子と一体どういう関係なんだ?」
「え、どういう関係って…」
うーん、ここでは、友人といったほうがいいのか、それとも中田さんに言っているみたいに恋人と偽ったほうがいいのか…。
答えに迷っていると、所長さんが話をしだした。
「この子とは関わらないほうがいい」
「そう言っても…実は、カフェに住んでいるんですよね」
「え、なんだって?!」
「なんか、家出をしたみたいで」
「ダメだ、すぐに家に返しなさい」
所長さんはいつになく厳しい顔をしている。一体萌美さんは何者だというのか。
鉛筆戦争ーこの世の中から鉛筆がなくなったら 大西 明美 @kaiken
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