第32話 盗聴デート

 その日も僕はイヤホンで、しずくさんと中田さんのデートの様子を聴き続けていた。人のデートをのぞき見するようでいまだ抵抗感があるが、何かあったときにすぐに対応できないといけないから仕方がない。


「今日のスカーフも素敵だね」

「ありがとう」

―確かに美しかった。淡い藤色で金色のラメが上品に入っていた。すべて萌美さんが色々な模様のスカーフを用意している。スカーフが好きな女性、ということで認知してもらうために、おしゃれなものをたくさんそろえてくれたのだ。


「でも、たまには首筋なんかも見てみたいな」

「え」

「冗談だよ、聞き流して」

 なんとか、スカーフは取り払われずに済んだようだ。これが外されると、一気に監視カメラでしずくさんが認証されてしまう。政府機関に見つかってしまい、今までの苦労が全て台無しになる。


―中田さんも紳士といえども男なんだな。僕と同じじゃないか。一体どこで差がつくんだ。あ、ルックスか…。元も子もないな。何が悲しくて、人のデートの会話を盗み聞きしなければならないのか。トホホ。


「中田さん、鉛筆ってご存じですか?」

「ああ、知ってるよ。最近、アレのせいで本当に仕事が増えちゃってさ……」

―そう、しずくさんが中田さんとデートをする目的の一つはまさにこれだ。政府機関側の情報を直接仕入れるためなのである。


 萌美さんの同僚なのに、なぜしずくさんが情報を引き出さなければならないのか。それは、萌美さんが中田さんにとって同僚である以上にライバルであるからだ。お互い表面上は協力しあうというスタンスをとっている。しかし、出世のポストは限られている。最終的には競い合わなければならない。いわば、敵対関係という側面もある。だから、中田さんから重要な情報を萌美さんが引き出すのは難しい。


 一方しずくさんはというと……。中田さんは明らかにしずくさんに行為を寄せている。好きな人とデートとなれば、やはり本当のことをはなししたいと思うのは当然だ。


 再び、中田さんの声が聞こえた。

「鉛筆って言うより、鉛筆で書かれた壁新聞が辛いなぁ。アレが新しく発行される度に、インターネットで国民たちは大騒ぎだ。政府の支持率も一気に急降下だよ。今や30%切ってるんだから。特に与党の自由民進党の人たちは焦りにあせっているよ」

――やはり、政府にとって、壁新聞は大打撃になっているようだ。


「わー、そんなことになっていたんですね。でも実際のところ壁新聞の話って本当なんですか?」

「そこなんだよねぇ!」

中田さんは、明確に回答することを避けた。しずくさんといえども、自分が政府批判をするようなことをうかつに言うことは危険だ。そこは理性で彼はおさえているようである。


「まあ、政府はただじゃおかないだろうね」とだけ、彼は答えた。

「ただじゃおかないって?」

「あることないこと書かれっぱなしにして、このまま放置していたら、確実に政権交代だよ。今の政府は終わりになっちゃう」

「いいじゃないですか。不正ばかりしている政府を私たちは求めていませんよ」

「いやいや、不正ばかりしているって決めつけるのはよくないよ」

「あ、ごめんなさい」


――しずくさん、なかなか言うねぇ。


「中田さん、質問なんですけど……。もし、政府が逆襲するとしたらどういうことをするんでしょうかね?」

「そうだね……。まあ、はっきり言えないけど、マスコミたちをそのまま放置するってことはないだろうね」

「例えば、壁新聞の発行を禁止するとかですか?」


――うわ、壁新聞の発行を禁止とかされたら、本当にもう打つ手が無いよ。 

 僕は、少し焦った。


「いやいや、それは無理だよ」

「どうして?」

「一方的に壁新聞の発行を禁止したら、それこそ国民の表現の自由をあからさまに奪うことになるから、逆効果だよ。

 『本当のことを書かれているから壁新聞を禁止にしたんだな』と印象が悪くなってしまうからね。政府がそこまでバカではないことを祈るよ」

「じゃあ、鉛筆を禁止するとか?」

「同じ理由で、それも無理だね」


――ホッ。しずくさんはあえて念のため鉛筆のことを聞いてくれたようだ。僕たちには武器は鉛筆しかない。これが奪われたら、もう政府をひっくり返して監視社会を壊して、完全に自由を勝ち取るなんて夢のまた夢となってしまう。


「じゃあ、鉛筆も壁新聞も禁止にしないで一体政府は何を…」

「それはね……。ダーメ。これ以上は言えない」

「あ、知りたかったのに。プンプン」


 しずくさんは、甘い声で応戦をしている。これも演技なのか。それとも自然な姿なのか。僕の前では絶対に出さないような声を中田さんの前では…。

 思わず、深い溜息が出た。


 それから、1週間後、政府の逆襲は思わぬカタチで開始された。






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