第31話 壁新聞
1ヶ月後、鉛筆を1,200本配送をしてから初めての鉛筆会議が開かれた。目に見えた変化は、世間では起こっていない。しかし、萌美さんは上機嫌だった。
「明らかに、ジャーナリストたちが集まり始めているわよ」
会社の垣根を超えて、鉛筆を手にしたジャーナリストやマスコミの人間たちが、夜に会合を頻繁に持っていることが国防省のコンピュータから確認できているという。
「何も表面化していないから、こちらサイドは誰も気がついていないわ。安心して」
みんなでハイタッチをした。
一方で、懸念事項もある。
「これを政府にチクる奴とかいないかな」メンバーの一人が心配そうに言った。
「まぁ、中には出てくるでしょうね。でもしばらくはないと思うわ」
萌美さんはツインテールの毛先をクルクルといじりながら、続けた。
「監視機能がついていない鉛筆なんて、ミスミス失いたくないでしょう。書きたいことを書けるんだから」
確かにそうだ。鉛筆はいわば、自由に表現するための武器だ。それが誰か知らない人から送られてきた。ジャーナリストたちにとって天からのプレゼントだろう。国にチクるというのは、自分で自分の自由を国に差し出すのと同じことだ。そんなことを彼等が望むわけがない。
「まあ、見てて。もっとすごいことになるから」
萌美さんの予言は見事に的中した。
半年後、鉛筆で書かれた新聞が誕生した。都内カフェを中心に壁新聞が飾られはじめた。壁新聞には、検閲では絶対に掲載できない内容に記事が書かれた。
その記事を目当てにお客が集まる。集客に強いということから、カフェはこぞって壁新聞を求めた。
僕のカフェも例外ではなかった。全ての壁新聞をまんべんなくカフェに配置した。壁新聞を読みに、多くのお客さんがやってきた。
「政府は一体何をやっているんだ!」
「こんなに汚職があったとは」「愛人、不倫…政治家にろくな奴がいないな」
お客さんたちは、壁新聞を読みながら政治や経済の話をするようになっていた。それがカフェの様子からも目に見えてわかった。
鉛筆を作る会社もポツポツと現れ始めた。国民も手軽に鉛筆が買えるようになるのも時間の問題である。
僕たちのカフェも、鉛筆を売った。飛ぶように売れた。国民は国家に情報を傍受されないで、記録をすることの喜びを知っていった。
「壁新聞なんて、本当によく考えたわよね」しずくさんが、感心していた。
「本当だね。駅や公共機関ではなくてカフェっていうのも敷居が低くて即効性あるもんね」僕が答える。
「まあ、私がいなかったら無理だったわよね」萌美さんがドヤ顔をする。
僕、しずくさん、萌美さんは朝ごはんを每日一緒に食べている。今日は土曜日だ。
しずくさんは、2階に住み、萌美さんは地下に住んだ。僕は、はなれの本がたくさん置いてある小屋で暮らしている。中田さんには萌美さんとは恋人同士と言っているので、地下で同棲していることになっているのだが。
「ねぇ、しずくさん。今日は中田さんとデートなんでしょう?」
「ええ、そう」
「絶対にスカーフ外さないように気をつけてね」
「わかってる」
最近、しずくさんは中田さんとデートを重ねている。イケメンで長身なところが小川さんに似ている。しずくさんは、僕みたいなのではなくて、こういったタイプの男性が好きなのだろう。僕みたいなではなく…。
「それと、必ず録音機を持っていてね。大五郎さん、イヤホン忘れずに」
「わかった」
僕は、しずくさんと中田さんの会話をリアルタイムで聴くことになっている。何か危険なことがあったときに飛んでいかなければいけないからだ。なんだかデートを覗いているみたいで気が引けたが、仕方ない。ちなみに、今のところ雫さんと中田さんは、中学生のような爽やかなデートしかしていない。キスもしている様子はない。
「大五郎さんは、今日はどうするの」
スカーフを首に巻きながら、しずくさんは僕に尋ねた。
「ああ、今日は印刷博物館に行ってくるよ」
「そう。じゃあ、行って来ます」
しずくさんは、さっさと出て行ってしまった。
僕は、社員の数を30名まで増やした。紙鉛筆も社員に作ってもらえるようになり、全ての仕事が自分の手を離れた。結果、何もすることがなくなってしまった。
印刷博物館に行くのはひまつぶしだ。でも、所長は僕を歓迎してくれた。僕は錆びついて使えなくなった古い印刷機を修理して次々と使えるようにしていったからだ。
萌美さんと二人きりになった。
「ねえ、来週の私のライブなんだけれどぉ…」
「あ、うん…」
そう、萌美さんは先月あたりから単独ライブを始めている。ルックスの良さで最初は何十人も集まってきたが、今はお客はゼロになっていた。
あまりの音痴と、ギターの下手さに誰も耐えられなかったからだ。ただ、お客がゼロになるということで、会議が開催しやすかった。そのため、鉛筆会議の日は、萌美さんの単独ライブの日になった。
カフェ55については、ピアノ弾き語りの童謡ダンスが意外に受けて、小学校や刑務所、老人ホームなどでコンサートを開く機会も増えていた。仮面アイドルという秘密めいた存在も受けて、メディアに受け入れられていった。
全ては順調なように見えた。あの出来事が起こるまでは…。
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