異世界転生。
テンプレとも呼ばれる、昨今ローファンタジー小説でよく見られる設定。
しかし、いざ自分が転生する立場になったら、果たしてそれはどんな感情を自分の中に呼び起こすんだろうか。
自分の親しい人が、家族が、いきなり見知らぬ異世界に行ってしまってもう二度と会えなくなったら。
考えてみれば当然な感情だけれど、この作品を読むまで気づかなかった……そういう感情に気づかせてくれる作品です。
そして。自分が異世界に行くとしたら、誰と同じ世界に行きたいか。自分だったらどんな世界、誰のいる世界に行きたいだろう。そんなことも考えさせられました。
あとがきに書かれていることは、本編を読んだ段階ですべて読み取れましたので、あとがきに書く必要はないのかなとも感じます。
とはいえ、たしかに一人称視点でその人物の見方が正常と異なってきていることを読者に読み取らせるっていうのは、かなりな力量がいるものですね。
この作品は、あえてその難しい課題に取り組んだ意欲作です。
これは「誰かに校閲・しっかりとした(略」用の辛口レビュとなります。
この物語は有川浩の「塩の街」の現代版といったお話。
悲しみとアンチテーゼが、非常にわかりやすく表現されている作品でした。
大衆小説にもっとも必要なのが、どれだけ多くの人に伝えられるか? です。その伝えるキャッチーさがこの小説にはある。まっすぐな物語をまっすぐ描ききっているので好感が持てます。
さてここからが辛口。
まず、伝わりやすい物語をチョイスしたのは良いですが、伝え方がかなり大味です。
この小説には妹のバックボーンがない。なので妹が消えたことでの主人公の精神的なやばさが判らない。「妹は大切だろう」という読者の常識に頼っているので、妹が居ない読者にはこの悲しみは伝わらない。
彼女もそう。「彼女がいなくなったら悲しいよね?」という読者の判断に悲しみを委ねてしまっている。
発狂しそうだったのに老婆に声をかけられたときには落ち着いているのも、ちょっと説得力が足りません。
死にたいほど落ち込んでいて、一心不乱に叫んでいる人は声をかけられたら「うっせーな話かけんじゃねぇよ!!」って逆ギレしませんかね? こういう反応の方が読者に伝わりやすいスタンダードだと思われます。
落ち着いていたならば、落ち着いた自分を意識して、たとえば「美玖と付き合ってた2年間の思いは、たった数十秒の絶叫にしか還元されなかった。なに落ち着いてんだよ俺……」とか、ニヒルに思うのも一つの方法です。(2年は適当です)
ここで一言、なにかしらの説明を入れるだけでかなり違います。
一つ一つの感情を、「○○があったら××だと思うよね?」と読者に仮託するのではなくて、こちらから積極的に働きかけて読者の心を揺さぶってください。
親友との別れのシーンは読者の感情を誘導しようと働きかけておりますので、1度なにが違うか見比べてみてください。
ちなみに読者を揺さぶる技術的方法は、「文学少女」シリーズや「半分の月がのぼる空」がとても参考になります。後者の方がこの物語に合っているかもしれません。(完全ではありませんが)
さて次に、設定が甘いです。
たとえば「塩の街」なら人が塩に変わる、という部分が聖書の「ロトの妻の塩柱」の隠喩だと判ります。
塩に変わった人=人間の神への裏切り=現代の人間への皮肉、というふうに「人が塩に変わる」という設定だけでも「ファンタジーだから」で終わらせるのではなく、かなり深いところまで考えられていることがわかります。
この物語に出てくる幻覚や神なども、キャッチーなモチーフとしてではなくて、何故それを用いたのか? なにを隠喩しているのかを作り込んでみてください。
たとえば神の設定を作ったとして、神はどうやって異世界に送り込むだろう? この神ならどんな幻覚を見せるだろう? など。
設定を肉付けしていくと一定のルールが生まれ、たとえ魔法使いが目の前を飛んでいても、それはモチーフではなくて小説内でのみ成立する確かな現象として息づくのです。
(当然ながら、設定を作中で語る必要はありません)
この物語を描くならば1万2~4千字くらいがベストだと思われます。
もし改稿するのであれば2~3千字くらいは読者を揺さぶる心情描写に費やしてみてください。
蛇足ですが、美玖と美弥の「美」をかぶらせる理由があったのでしょうか?
無ければ短編ということですので、出来るだけ重ならない方が混同せず、読者的にありがたいです。
以上。かなり辛口で申し訳ありません。
今後とも、頑張ってください!
読者に媚びた様な「異世界に転移したぜヒャッハー、チートでハーレムでウハー」なラノベの安易な設定に対するアンチテーゼ。
実際にそれがあるならきっと「この世界からどこかに行ってしまうこと」という現実に絶望する人がどれほど多いかということ、そして「行く」ことが「逝く」ことでもあり「去る」ということでもあること。親しい人との不本意な別れがそこにあることを、この作品は皮肉でもなく淡々と描写しており、そこに作者の物書きとしての品位を感じて好感が持てた。
目のつけどころ、表現の仕方ともに素晴らしく、美しい余韻の終わり方に、読み終わってため息をついてしまった。素晴らしい作品です