第4話大迷惑

 大災難から一ヶ月が過ぎた頃である。

 十一月になり、熊本の町を黄色の銀杏の木々が被っていた。和尚様から阿蘇の外輪山の内にある小さな村のキャンプ場で冬を越すために庵を結んだから遊びに来いとハガキが届いた。これから和尚様と言う和尚様が自称した名前を使うことにすることを断っておく。

 誘われるままに久しぶりに阿蘇まで足を伸ばすことにした。とりあえず彼が言う場所を地図で探し、一晩をつき合う準備をして出掛けたのである。

 熊本市内から阿蘇まで車で一時間ほどである陽射しは強い穏やかな日の中に秋の気配を感じる日だった。深い渓谷沿いの狭い道を抜け、外輪山の内側に入ると草に覆われた山々の陰影が日当たりの善し悪しで、明暗を分けくっきりと区分けされ写し出されている。小さな集落をいくつもの通り過ぎた。集落が途切れると、刈り取りも終わり、切り株だけが残る田園地帯の中を走った。便りに書いてあったキャンプ場入口が近いはずである。そこに彼が立って待っているはずである。解りづらいと書いてあったので見落とさぬように注意した。突然、美しい田園風景の中に黒い汚点が通り過ぎたような気がした。後続車がないことを確認し、慌てて車を路肩に寄せて止めた。後ろを振り返ると道路脇に古い破れたすげ笠をかぶり黒い僧衣をまとった人影があった。身動きせず、ジーとうつむいている。車を降り、恐る恐る、僧侶に近付いた。僧侶は僕が近付いても微動だにしなかった。まぶかに被ったすげ笠の下に僕は顔を横向きにし近付け、下から静かにのぞき込んで見た。まるで無間地獄を思わせる黒い鼻の穴から鼻毛がのぞき出ている。

 和尚様に間違いない。

 暖かい日溜まりの中で、彼は立ったまま目を閉じて彼は立ったまま惰眠を貪っている。身体が身震いをした。咄嗟に災難を避けようと、身を引いたが遅かった。突然のくしゃみであった。不潔な鼻汁の僕の顔面を襲った。彼は黒い僧衣の袖で鼻水を拭いて、大きく背伸びをして叫んだ。

「アア、よく寝た」と垂れ下がった鼻汁を啜りながら声を上げ、僕の姿に気づいた。そして、「おお、来てくれたか。待っていた。そろそろ物語の種も尽きた頃だと思い、誘ってやった」と大威張りで顔中に付着した鼻水を拭き取る僕に言った。

 彼は黒い僧衣の背中と胸の部分に白い大きな看板を背負っていた。その看板に彼が世話になっているキャンプ場の名前が書いてある。そこに立っている理由は一目瞭然である。彼は人間電柱広告になり果てていたのである。

「嘆かわしい。情けない」

 僕は、自分の顔にこびりついた和尚様の鼻から排泄された鼻水を妻が用意した小ぎれいなハンカチで拭きながら嘆いた。

「修業をしていたはずではないですか。聖職者である和尚様が黒い僧衣の上に看板を背負った人間電柱広告になり下がっているとは、どう言う了見ですか」と厳しく糾弾した。

 心の片隅では、やはり和尚様が本物の聖職者で、修行が足りぬと反省自戒し、阿蘇の山の古閑の滝に打たれたり、山中を放浪する荒行に耐える姿を期待していたのである。せめて友人として世間に誇れる聖職者に成長して欲しかったと心の中で願っていたのである。

「これも修業のうちだ。やっと探し当てた食い扶持だ。昔は、この時期には旅館の薪わりするとか結構な仕事があったが、最近では庵を結ぶ場所を提供してくれる者もいない。うるさく詮索するものではない。もちろん、ここに立っているだけではない。時には人が集まる場所に行き、歩き回ることもある。一昨日の日曜日には、中岳や根子岳が夕陽に映える時間帯に、大観望まで行き、若者の一団をロッジまで案内した」

 彼が世話になっているのはロッジ付きのキャンプ場で大観望の麓付近にあった。

 本当は大観峰と言う名前で地図上に表記されているが、作者である僕は、あえて正式名称を使わない。その場所を大観望と表記すべきであると信じるからである。まさしく地球の神秘を感じることができる場所であるからである。そこに朝に立てば雲海の下には阿蘇の平野が広がり、雲海の上には内輪山の山々がそびえ立つ姿を望むことができる。昼間には霧も晴れ、雄大な内輪山の片隅まで一望出来るのである。青い空には噴煙をたなびかせる内輪山がそびえる。夕方には夕映えの中にひっそりと人里や民家に明かりが灯るのを見ることが出来る。そこは今は穏やかな人里である、遙か遠い太古では溶岩が渦巻く噴火口だったのである。いずれにしろ絶景を望めるから大観望と書く。この大自然の営みや景色に比べれば、和尚様の勘違いも存在も草鞋の周辺に集まるアリンコの小ささにも負けると思い。深いため息をついた。

「まるでポン引きではないですか」

「連れ込む場所が違う」と彼は否定した。

 雇い主と和尚様の双方の間の契約内容は知らない。自分は思わず見落としたが、黒衣の僧衣を白い看板を背負う姿の宣伝効果は抜群だろう。

 このように道端で立ち話をしていても、通り過ぎる車は速度を緩め、好奇の視線を僕たちに向けて走りすぎて行く。一緒に行こうと強引に促そうとするが、先に行けと和尚様は耳を貸さない。車に乗れと袖を引いたが、彼は定刻まで待てと耳を貸さなかった。仕方ないので一人でキャンプ場へ向かった。

 彼が夕陽を背負いトボトボと田圃の道を引き上げて来た頃には、秋は浅いとは云え冷え込みも厳しくなっていた。

 和尚様は僕を彼の言う庵に案内した。庵というのは粗末なテントであった。入手先も定かではないが、昔日のアウトドアブームが去り、庶民がうち捨てた代物に違いない。色も褪せ破れかけた古い代物である。これも長崎のボロ寺が焼けてしまったせいである。哀れに思うが和尚様は気にしていない様子である。このテントの中で厳しい冬を越そうと考えているのだろうか。あるいは来年の春を迎えることなく凍死してしまうかも知れない。

 何とかしてやりたい思うが、印税が入らねば、どうしようもない。あえて心ある読者諸君にお願いしたい。ボロ寺を焼け出された一人の老僧を凍死から救うために、是非、喜捨をするつもりで、この本を買って頂きたい。一人一冊とは言わない。二冊でも三冊を購入して頂きたい。読まずに本棚の片隅で埃の餌食にして差し支えない。お尻の皮の厚い方はトイレペーパーの代用品として、そのまま便器に流してもかまわない。本作品をトイレットペーパーに印刷し、店頭に並べるように思いついたほどである。トイレの中で時間潰しに読める本として売れるのではないかと思い付いた次第である。読んだ部分はトイレットペーパーとして活用すればよい。自己の功名心のためではない。すべて和尚様を救うためである。本が売れば印税も懐に入り、幾分なりとも彼に恵むことも出来る。

「ロッジを利用する若者が、拙僧の話に感動しバーベキューに招待してくれることもあった。地元産の肉らしいが美味しかったぞ。この場所は実に良い。何よりも古代から霊的な存在が集まる場所だ」と彼は峰に閉ざされた周囲を見回して言った。

 彼の無邪気に自慢話をした。

「これまで何処を放浪していたのですか。四国に渡るのは延期したのは分かりました。しかし山に籠もり滝に打たれ荒行で自己の身をさいなみ、人類の幸せのために加持祈祷を繰り返していると信じていました」

「話したいことは山ほどある。急かせるものではない。実は夏の暑い盛りに阿蘇の峰の反対側の高森という所で面白いものを見付けた。湧水地があって、地下からコンコンと清水が湧き出ているが、その清水とともに地上に現れ出る水子たちと、水玉を手まりして遊んでおる内に時が過ぎるのを忘れてしまったのだ。真夏の終わりには少し東側にあるトンネル跡の湧水公園に行き、この世に遺伝子を残すことなく、冥界に去った若者たちと人生を語って過ごしておった。初心を思い出して、四国に行こうと別府までは行ったが、なにしろ船賃がない。泳いで渡るのは、少し水温が低く、諦めて四国を目の前にして引き帰してきた」

 理解に苦しむことばかりを言う。四国に泳いで渡る積もりだったのか。非常識な和尚様なら鮫よけの長い赤いふんどしを海中にたなびかせ、九州の佐賀関岬から四国の佐多岬の先端まで辿り着けるやも知れない。それだけではない隣国の韓国までも壱岐や対馬の島づたいに泳いで渡ることも出来るやも知れない。それにしても青い海面に赤ふんどしをたなびかせ、頭の天上に黒い僧衣を結わえ、海面をカエルのように泳ぐ和尚様の痩せた姿を想像してしまうと、思わず吹き出してしまった。

「無茶なことを言うな」

「無茶なこと言っているのは和尚様の方だ」

「水子の霊を集めて、地中からわき出る水玉を手まりにして遊ぶなどと、一体、誰が信じるものですか」

「ここに集まる若者は理解したぞ。やはり学がる者は違う」

「バーベキューの食材に質の悪いキノコでも混ぜたのでしょう」

「そんなことはない。湧水が湧き出る所は神聖な聖地である。湧き出る水は神泉である。緑深き山の中にある神泉の周囲には精霊が集まる。子供は昔から手まり遊びが好きなものだ。『山寺の和尚様さんは鞠をつきたし、鞠はなし』と言う童謡のとおりである。和尚様と言う者は代々、子供と鞠つきをして遊ぶように決められておる。拙僧も多くの先達に学び功徳を積むために、幼くして亡くなった水子と遊んだ。山寺の和尚様たちは鞠はないと困ったようだが、拙僧は地中からフツフツと湧き出る水玉を毬代わりに使い遊んだ。それだけのことだ」

 と彼は簡単に言ってのけた。

「水子たちはみんな喜んでくれた。遊び足りないと言うから、来年も遊ぼうと約束をして勘弁して貰った」

 納得しなければ、話は先に進まないと思った。

「いよいよ別府に向かおうと決意し、歩き出したが、今度はすぐに湧水公園のトンネルから現れ出てくる若者の列に出会ったのですか」と僕が冷やかすと、「そのとおりだ。彼らにコンコンと仏の教えに従い、人生の無常を説いてやったのだ」

 恐ろしい予感であるが、和尚様と僕は同一人物化しているのではないかと感じた。そんな不安を知らずか和尚様は周囲を見回し、声を潜めた。

「実は今日、来てもらったのは理由がある」

 山の深い谷間に月が見えた。近くを流れる川には砂防ダムがある。月下の静寂の中、そのダムを落ちる水が大きな音を立てている。虫の音を楽しむ時期は過ぎている。護摩を焚くと称して、たいまつを灯した。何のことはないキャンプファイアである。彼は頃合いを待っていたようであるが、やがて彼は言った。「行こうか」と言い立ち上がった。後に続き、車を停めてある境内に向かった。古い大きな切り株があった。残念なことに古木は数年前の台風で倒壊したらしい。切り株から空気中の小さな赤ん坊の小指ほどの小さな鬼火が空中の酸素を集めて燃え暗闇の中を蛍のように飛び交い始めた。赤や青や黄色。ローソクの炎が空中に揺れている。その鬼火から、それぞれの人が形を結んだ。悲鳴を上げざる得ない光景が繰り返された。ヒエィ、牡丹灯籠の小岩さんだ。ヒエィ、小泉八雲の「耳なし芳市」に現れる平家の落ち武者たちだ。アラ、ゲゲの鬼太郎だ。そばには目玉親父もいるぞ。やはり水木しげるの漫画は実録ものだったのだ。そのまま飛び去っていくが、次から次に現れてくる。明治の大文豪の夏目漱石、樋口一葉、福沢諭吉、野口英世。和尚様は得意げである。彼の言う世界は実在するのである。彼らに縁がないのは和尚様のせいではないだろうかと思い始めた。和尚様は貧乏神の化身のように感じたのである。ひどい虚脱感に襲われた。彼と知り合ってから、よくないことが続いている。

「頑張ってもらうしかない」と和尚様が励ました。

「誰が頑張るのですか」

「もちろん君だ。今、見た様子を勇気を出し書けばよい。冥界、妖怪の国も実存する。それに君の息子が見た宇宙人も実在する。人間は一人ではない。勇気を持て」と。

「これこそ大迷惑だ。なぜ和尚様のことを書かねばならない」

「情けないことを言うな。君の息子たちの時代のためだ。江津湖で君の息子はセミがバルカン星人に変身するのを防ごうと、必死に冷たい水をセミにかけ続けていた。あの若いフィリピン青年は場末の酒場で拙僧の華麗な舞を盛り上げるために必死に自らの体をむち打つ苦行に耐えた。今度は君の番だ」

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