ムギさんと僕

 その日の夜。ムギさんと僕は、喫茶店に揺られながらコーヒーを飲んでいた。

「君もだんだんと、コーヒーを飲む姿が様になってきたね」

「そうかなあ? でもマスターが入れるコーヒーは、いっつも味も香りもだから、今日はたまたますんなり飲めているだけかもしれないよ」

「豆次第で苦すぎたり、熱すぎたりする時もあるからね」

「うん」


 僕は、ゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。相変わらずちょっと苦いけれども、最近はその苦さが耳の奥あたりに、しみ込むのが心地よくもなってきた。

 そんな僕を見つめて、ムギさんが言う。


「たとえ苦くて熱いコーヒーでも、シャレにならない経験でも、喉元過ぎて胃のに落ちれば、笑い話になるものさ」


「ムギさんのいう事は、たまによくわからないよ」

「なにせ君よりも大人だからね。でも、実を言うとぼくにだって飲めないコーヒーもあるんだけどね。だって、いくら背伸びしたって猫舌には勝てないもの」

「僕は、苦すぎるのが嫌いだなあ」

「ふふふ。そういう時は角砂糖を2つ入れればいいよ。それでも苦けりゃ、ミルクをたっぷり入れるのもいいね」



 がたんごとん。

 喫茶店は走る。

 そして今夜も、ムギさんと僕は夜を旅する。旅の練習をする。

 もうしばらくはこのまま、満月の光が消えるまでは。

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ムギさんと僕 吉岡梅 @uomasa

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