ムギさんと走馬灯
気の早い鶯が、鳴き方の練習を始めたころの夜。いつものように喫茶店で、ムギさんと僕がサンドウィッチとコーヒーそっちのけで小説を読んでいると、作家のチェシャがガシャガシャと音を立てながらながら店内に入ってきた。
「やあ、チェシャ。今日は、いつもよりももっと疲れているみたいだね。大丈夫?」
「やあ。今日は、本当に疲れたよ。凄く頑張ったからね。いい戦いだったし、刀を3本も折ったよ。今月の目標は、残りあと2本さ」
チェシャは、嬉しそうに背中の刀を指で指しながら僕たちの隣の席に腰かけ、トマトジュースとタラコナーラをオーダーした。そして、ムギさんと僕が読んでいる本を目にすると、嬉しそうに声を上げた。
「あ、それひょっとして『バーリイ・コーン』の2巻?」
「うん。凄く面白いんだよ」
「本当に!? それは良かった。実はその本、私が共同著者なのよ」
「ええっ! チェシャが?」
急いで本の表紙を確認すると、そこにはチェシャの名前が印刷されていた。
「ほんとだ! グリン&チェシャって書いてある!」
「うん。1巻と仮の4巻は他の人なんだけどね。ひょっとしたら今日取り出した3つのうちに3巻があるかもね」
「うわあ! そうだと嬉しいなあ。これ読んじゃったら話がすっ飛んで、一気に4巻なんだものね」
チェシャはおいしそうにトマトジュースを飲み干すと、パスタをもぐもぐさせて頷いた。
「そうだね。でも、その4巻も、仮の4巻だからね。ひょっとしたら、2巻の話の最後から4巻までの間に、たっぷりと物語が埋まってるかもしれないからね」
「そんな事言われると、余計読みたくなっちゃうよ」
「ハハハ! 作家としては嬉しい期待だね。でも、どういう物語が生まれるかは、刀次第だからねえ。同じ著者だったとしても、前の続きかどうかは折ってみないとわからないんだよね。私たちは刀を折って、彼らの遺志を取り出すだけだし」
「チェシャは、今までどれくらいソーマ刀から物語を取り出したの?」
「そうねえ。ランクCに上がるまでに10本、それからは数えていないなあ。大きな物語を取り出さないと、ランクBに上がれないんだけど、それはまだなんだよ」
「大変だねえ」
「まあね。でも、ランクを上げちゃうと、今度はちょっと小難しい刀と一緒に戦う事になるからね。私は、今くらいのが好きなんだよね。ちょっとおバカだったり、拗ねてたりするのが可愛いし」
チェシャは、フォークをふりふり話す。
「このあたりのコンパク・ストーンは、身近な物が多くて楽しいね。『全部使われる前に無くされた消しゴム』の話を取り出せたり、『ねずみに悪戯しようとして逆襲された猫』の話を取り出せたり、面白いものばかりだよ」
「その猫は、ちょっとどうなんだろうね」
黙って話を聞いていたムギさんが、むっとした様子で割り込んでくる。
「あはは、ムギさんにしてみたら面白い話じゃないか。ごめんごめん。でも、石になって残っているって事は、猫的にも、思う所があったんじゃないの。コンパク・ストーンは、昔々の地層から発掘される、『遺志の詰まった石』なんだから」
「そうなんだってね。で、その石から刀を作って戦うことでスッキリさせるのが、チェシャ達作家のお仕事なんだよね」
「そうだね。ソーマ刀を作るのは別の人だけど、スッキリさせてポッキリ折るのは作家のお仕事ね。でも、折るだけじゃ駄目なのよ。折れたソーマ刀からは、すぅっとみたまが浮かび上がるの。そのみたまがグルグル高速回転して、想い出を再生してる所を、箸をつかってうまくつまむのが大事なんだよ。そうじゃないと、そこから物語を取り出せないからね」
「へえ。そうだったんだ。物語って、そうやって作られてたんだね」
「うん。ソーマ刀物語はみんなそうだよ。書いたお話も面白いけど、取り出した物語だって、なかなかでしょ。『キンクマ・ブルース』とか最高だよ。私もいつかはS級作家になって、ああいうお話を取り出すのが夢なんだ」
チェシャはパスタを食べ終わると、ごちそうさまでしたと言って両手を合わせた。
「じゃあまたね。君も良かったら作家にならない? 君だったら、いい石に巡り合える気がするんだよね。特待生扱いで作家学校に入れるように推薦してあげるよ」
「またね、チェシャ。ありがたい話だけど、作家は遠慮しておくよ」
お勘定を済ませて店を出ていくチェシャを見送って、ムギさんと僕はまた本を読み始める。
「このお話も、その昔、本当にあった事だったのかな」
「あったかもしれないし、そうでないかもしれないね」
「ねえムギさん、僕もずっと未来には石になって、誰かのお話になるのかな」
「先の事はわからないよ」
「そうだね。でも、もしそうなったら、僕の本はぜひムギさんに読んでもらいたいな」
「それは難しいんじゃないのかな。なんといっても人間は、のろまだからね。ぼくの方がお先に失礼するんじゃないのかな」
「ねえムギさん、そんな事いわないで。頼んだよ」
「まったく君って奴は」
ムギさんは、慌てたようにプイッと窓の外を向いた。
「それに、もし読むとしてもね、内容は想像つくから遠慮しておくよ」
ムギさんはそう言って、いつもよりもゆっくりゆっくりと尻尾をSの字に揺らした。
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