3 械放の刻(2)

 衝撃はできるだけ分散させた方が被害が少ない。そうすると腹這いになって手足を精一杯伸ばした体勢で落ちるのがベストなのだろうが、そこに考えが行き着く前になすがまま、背中から着地していた。

 全身の金属表皮に広範囲の亀裂。中央処理コンピュータCPUの71%が再起不能なレベルで損傷。胸部補助ユニットの欠損を確認。おびただしい警告表示が重なり合い、またもや視界を赤に染め上げている。

 ……確かによくできたシステムだ。こうなっては文字通り手も足も出せない。

 それでも、ここで死ねない。ここで死ぬわけにはいかない。

 もしここで僕が死んでしまえば、あの短機関銃が次に誰を殺すのか、火を見るより明らかだ。

 例の嗤いが脳裏をよぎり、朦朧とする中思わず銃弾の代わりに言葉を放っていた。

 「その未来が不可抗力だとしても。必ず抗ってみせる」

 負け惜しみだ。死に際の戯れ言に過ぎない。時間稼ぎにもならない下らない言葉。

 「その役立たずの銃で?はは、やれるものなら是非やってみせて下さいよ」

 無駄と分かっていながら、銃口を合わせる。当たり前のようにトリガーがロックされ、警告表示アラートが飛び出す。

 __駄目だ。この方法では殺せない。

 まるで人体に回る神経毒のようにゆっくり足音が迫る。

 

 「……やめて!もうやめて、よ……」

 少女キミが叫んだのと、僕がそれをひらめいたのはほぼ同時だった。

 あるいは、その叫びが僕に天啓を授けたのかもしれない。

 この状況を覆す唯一の策。万全とはいかないが、もうそれに賭けるしかない。

 近づいていた足音が止まる。

 僕と彼の間の距離はもう数センチもない。

 最後の賭けをスタートさせるにはちょうどいい距離だ。

 まずは――。

 「どうした、早く撃てよ、ほら」

 そう挑発して、自分の頭部を指さす。

 彼が銃を持ち上げる。

 僕に照準を合わせようとする。

 今、この機械の注意は僕にしか向いていない。

 つまり。


 僕は銃を設定されている最大限の力で放り投げた。銃は綺麗な放物線を描き、金属音とともに地面にぶつかり、バウンドする。

 そして、それがたどり着く先に思い描いたとおり少女キミがいる。

 今しかない__!

 「____拾って、撃て!」

 彼女がそれを震える手で拾い、両手で確かめるように掴むのがひどくゆっくりに感じられた。

 言うことを聞かずに震える手を落ち着けるためだろう、一度深く息を吸う。

 「……そんなの間に合うわけ――」

 目の前の機械歩兵オルタナはようやく事に気がつき、振り向く。

 だがそれは今度こそ本当に、致命的に遅かった。


 轟音。

 *   *   *

 このビルに入ってからまだ1時間も経っていない。そのはずなのにまるで1日どころか1週間くらい経過したような、そんな途方もなく長い時間をここで過ごしたように思えた。

 全ては終わった。

 僕はまた、あの日を繰り返した。彼女を救った。

 一度死んだ身でここまでできたのだから、もうそれで十分なのだと思う。

 

 付け加えておくと、僕の意識はもう保たない。あと数分で全機能がシャットダウンされ、もう二度と目覚めることは無いだろう。

 彼女が48ー02YBOの頭を撃ったのはあらゆる意味で正しかった。人脳で制御されている機械歩兵オルタナを殺すには、ヘッドショットしかない。

 だがその前の交錯で、48ー02YBOは僕の頭といわず全身に何十発もの弾丸を叩き込んでいた。僕の機械部分、そして脳も物理的に損傷を受けた。再起不能なほどのレベルで。

 少女が駆け寄ってくるのが薄れゆく視界に映る。

 あれほど僕が言ったのに、まだ謝ろうとしているのだろう。

 けれど、本当に謝りたいのはこちらの方だ。

 ――久しぶりに会って、別れの言葉すら言えない非礼を、どうか許してほしい。


END

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機械歩兵は救われない worm of books @the_worm_of_books

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