延々円環機構

話題がループしている、とサーは言った。そうだろうよ、とプレーブは返した。

「おれはいったいいつまでこうしていればいいんだ? 状況は好転するのか? その逆か? それとも永遠に続くと言うのか?」

「……答えが欲しいか? 仮にそうだとして、それを聞く覚悟はあるのか? ははは、冗談だ。俺にわかるわけがないだろう、全ては状況次第だ」

サーはため息を吐く。プレーブはペンを胸へ挿し、金の目を細める。

「もううんざりだと言ったところでどうなる。何も解決はしない。鬱憤晴らしがしたいというなら良い方法を知っている」

プレーブは杖を拾い上げ、手の上でくるくると回した。風を切る音が小気味よく鳴る。

「知りたいか? やってみるか?」

「そう、それは、いや……おれも……知っている」

サーは悔しげに目を伏せ、床を睨んだ。



「前にも言ったが、この屋敷自体がひとつの罠だ。精神体は用意された肉体を得て屋敷の中へ入ってくる。そこを叩く。それが術者の策だった」

プレーブは床に投げ出されていたステッキを拾い上げ、柄をハンカチでぬぐった。

「いや、言ったか? 言わなかったかもしれないな。まあいい。とにかく、お前が手にかけるんだ。それを成し続ける限り、術者はお前を殺さない。殺す理由がない。そうだろ? 術者はお前を……いや、違うな。俺『たち』を殺すのを目的と定めていた。術者だって馬鹿じゃない。利害が一致しているうちはみすみす手放すようなことはしないさ」

磨かれたステッキはサーの手に落とされた。サーは手の中の重い杖をじっと見た。

「おれが? ……」

おれが、とサーはうわごとのように繰り返した。プレーブは頷く。

「そうだ。ちょうどよかったじゃないか。死にたいんだろう? ずっとそう言っていたものな」

「……おれが、やるのか……?」

「首を吊るより簡単だ。そうだろ?」

サーは、そうだ、とも、違う、とも言わなかった。黙ったままのサーは手にした杖を握ることを、答えを出す事を恐れている。それでも、それでもサーは手の中のそれを放り捨てることはしなかった。プレーブはそれを、『現時点での』サーの答えだと解釈した。

「それでいい」

助けを求めるように合わせられた目に、プレーブは微笑んで見せた。ぱっくりとあいた口から白い歯が覗く。

「それでいい。望めど拒めど、結末なんてじきにわかる。不確定がいつまで続くのかは知ったことではないが、わかるまでは保留し続けていられる。これからも悩んでいたいのなら、悩むことからも逃げ続けたいのなら精々頑張ることだな? サー?」

視線から逃れるように目を伏せ、サーは、ああ、と一声漏らした。ため息とも呻きともつかない声は、曖昧な肯定となった。



「疲れたな……」

「少し休んだらどうだ? 何かしているようには見えないが」

「疲れたんだ……」

「……床で寝るんじゃない、疲れたというのなら回復に務めたらどうなんだ」



「危ないな、まだいたのか」

盆を持ったままでプレーブは床に倒れ伏しているサーの頭を避けた。ごろりと転がる頭はため息のようなうめきを上げた。

「悪意によってなされたことにはそれ相応の対処ができるが、突発的な事故はどうにもならない。お前が死んだら俺はどうなる? 知るわけないよな」

ろくなもんじゃないな、と言ってプレーブは盆を降ろし、真顔のまま肩を揺らして笑うようなそぶりを見せた。

「……なあ、この質問何度目だ? 覚えているか?」

「え、なに、なんだって?」

伏した顔を上げ、サーは目を動かしてプレーブを見上げた。

「どうもこうもない。覚えているかと聞いたんだ。前に同じような話をしただろう、それともこれが初めての事か? 記憶喪失にでもなったのかもな。いいや、もともとお前は記憶をなくしているんだったな、サー」

「プレーブ? 何の話をしている、この間からなんだか妙だぞ……」

しゃがみこんだ陰の中で金の目は瞬き、青い眼をじっと見た。表情の消えた口元が無感情に吊り上げられる。

「ははは、わかるか? 予想外の事が起きている。力を使いすぎたかもな。いや、そんなことはとうにわかっていたことか? どうなんだろうな。どうなんだろうな!」

「なに……何を、言っている?」

「わかりそうなことだろう。前と同じだ。俺は再び眠りに就き、術者が目を覚ます」

プレーブは弾みをつけて立ち上がった。ぎ、と床が鳴る。

「知っていたことだろう、俺の体は借り物だ」



「こんなこと前にもあったな? そう、またなんだよ、サー」

プレーブは形の良い唇を歪めた。サーは恐ろしげに震え、プレーブの手をつかんだ。

「何度繰り返す? どこまで行けば終わりはある? 流れが変わる分岐点はいったいどこだというんだ?」

伏せた目が薄く金色に光り、しばらくの後に光は失せた。

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