第67話 千八百三十年目 北海道札幌市道立近代美術館

 2079年度の巡回展の一つは「邪馬台国と三国志の時代展」と題された展示で、すでに東京や奈良の国立博物館で開催された展示が巡回するものだ。

 道立近代美術館学芸員の福田昭朋は、札幌での展示に際しての図録を担当していた。すでに展示が別の場所で行なわれているのだから、そこで作成された図録を増刷するのが通常である。しかし今回は事情が変わってしまった。東京や奈良での展示の最中に、重要な考古学的発見が相次ぎ、しかもそれが一通りの調査を経て展示に間に合うというのだ。改良型の専門ドローンからの中距離からの撮影、衛星からの遠距離からの撮影を組み合わせ、古墳などの遺跡の出現パターンから未発掘のものを帰納的に調査する技法が流行っている。

 主催のひとつである大きな新聞社とテレビ局からの要望があって、既存の展示図録に最新の成果を含めた第二版を製作することになり、すでに予算の措置は片が付いていた。

 福田がフロアワークから事務所に戻ってくると、一目でそれとわかる、大きな出版社からの大型の封筒が届いていた。紙の図録の校正が入っている。封筒オープナーで上辺を切り取り、着席してなかをあらためる。かがみ文と校正稿を見て、校正稿にある電子データ図録へのリンクが正常に働くかだけ確かめておく。そのあとすぐに、来年度の展示の借用に関する長い会議が待っており、図録の確認は夕方から夜にかけて行なった。

 実際のところ、20世紀から21世紀初頭の前衛芸術を専門にする福田が校正に果たす役割は少ない。既存の文章も、新たに加えられる文章も、橿原考古学研究所の担当者が執筆していた。福田は全体のレイアウトや、文章の連なりを眺める。相手もプロだ。修正する部分は少ない、というかない。ただあまり早くに出版社に返事をするのも角が立つ(ちゃんと読んでいないと思われるのだ)。返事は明日。ただ、こういうものの通例で編集作業は押している。だから朝一に送る。

 橿原の担当者は浜崎と言う女性で、打ち合わせで何度か面晤した程度の間柄だった。学芸員は人づきあいしてナンボだ、と福田は思っている。だから校正終わったらちゃんと彼女に一報を入れておこうと思いつつ、席を離れた。


 馴染みの居酒屋に入ったのは9時20分ころ。妻は釧路市で学芸員をしていおり単身赴任。すっかり夜飯は外食に任せてしまっている。

 いつもの野菜多めの肴に、いつもの焼酎水割りを頼む。酔うに連れて、先程見た、専門外の考古学の出土品とその研究成果が頭に満ちてくる。

 弥生時代の終わりから古墳時代の初め。戦が終わり、巨大な古墳ができ始めて、鏡やガラス玉の流通経路が大きく変わる。三国時代から南北朝時代にかけての中国との通交がある。この時期ならば、身分の高い者のうちに、自らの来歴を省みる者が現れても何ら不思議ではないだろう。

 気が遠くなるほどの昔だ。古代の人々の心性は、遺物からはっきりとはわからない。でも、意外と昔を生きた人々も、それはそれで合理的に動いていたのだろう。美しい出土品やそれへの最新の研究からそう感じた。外国から来た品物を有難がり、自国に上手く取り込んでいく。きっと、内政や外交も、失敗を繰り返しながらも洗練されていった。

 それのどこが現代と異なるだろうか。または自分が研究する前衛芸術家たちが生きた時代とどこが異なるだろうか。あるいは、未来のいずれかの時代とどこが異なるだろうか。それぞれの社会でそれぞれが、それなりに合理的に動いていた。そして動いていく。

 それと酒は良い。大学の同期が言っていた。酒は古代人と通信する方法だ。アルコールへの身体の影響は、人間であるなら変わらない科学的な化学反応だ。古代の人々も、酒を飲んで、酒を飲んだ時の反応を科学的に示していたに違いない。それは21世紀の終わりに生きる私たちと何ら変わりない(未来人とも通信する方法でもある)。

 明日は電話でどんな話をしようかと思い、福田は時計を気にしながらも、食事を続け、今しばらく古代人と交信を試みていた。

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A.D.248 ウェザーリポート 小川茂三郎 @m_ogawa

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