十六発目『腹痛時グルグル』
立梨家の小さな台所に、二人の少女が一対の壁のように並び立っている。
片や、メイド服を優美なドレスのようにまとった静謐の美女・ネルコ。どうやら自らの勝利を確信している様子で、余裕に満ちた薄い笑みを浮かべている。
片や、バニーガール衣装の上にピンク色のエプロンを着込むという珍妙な出で立ちをしたウサ耳のセクサロイド・ラビ。何やらフリップを抱え、キュッキュッと音を立てながらマジックで何かを書き込んでいた。
「というわけで、辰兵衛さんっ! セクサロイド・チキチキ家事真剣勝負、お題は“絶品☆うンチ対決”です! どっちがより美味しい昼食を作れるか競います!」
「オイ、字が汚すぎで別の競技名になってるぞ……」
「全く、同じセクサロイドとして恥ずかしいですわ……正しくは“
「マジかよ意識たけぇな」
とその時、グゥーっと素っ頓狂な腹鳴が部屋中に響く。
大変恥ずかしながら、その音を鳴らしたのは僕だった。そういえばまだ昼食を摂っていないのである。
「ぷふっ。辰兵衛さんもお腹を空かせていますし、早いところ勝負を始めちゃいましょうかっ!」
「ご主人様、何かリクエストはございますか?」
「そうだなぁ……」
ネルコに訊かれ、僕はしばらく考え込んだ後、己の直感に基づいて競技者たちに“お題”を与える。
「……“中華料理”がいいな。最近あまり食べていなかった気がするし」
「かしこまりました。では、制限時間は1時間。一人一品ずつ出し合い、ご主人様にどちらが美味しかったかを判定してもらうことにしましょう。貴女もそれでいいわよね? 尻尾を巻いて逃げるなら今のうちだけど」
「生憎ですけどバニーの尻尾は巻けないんですぅー! あっ、ちなみに今の“負けない”とかけた高度なギャグなんですけどわかりましたっ!?」
筆者の鈍りきったギャグセンスはともかくとして、こうしてラビとネルコの料理対決の火蓋は切って落とされた。
♀ ♂ ♀
「……やはりグル◯ルはいいな。ナレーションがないのは最初少しビックリしたが、その分テンポは遥かに良くなっている。絵のタッチも原作に忠実で、トータルとしては大満足だ」
リビングで録画した番組を消化しながら暇をつぶしているうちに、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。
見やると、エプロン姿のセクサロイド二人がそれぞれ作った料理をテーブルに運びながら、互いに自信ありげな視線を交錯させている。どうやら二人とも料理を完成させたらしい。
「さあさ、辰兵衛さんっ! 少し遅いですがお昼ご飯の準備ができましたよ!」
「ああ。二人とも、作らせちゃって何だか悪いな」
「御礼には及びませんわ、これは雌雄を決する勝負でもありますので。さあご主人様、冷めないうちにご賞味くだされ」
席につき、二人に挟まれながらテーブルの上に置かれた二品の皿と対峙する。中華調味料の濃厚な香りが鼻腔をつつき、思わず生唾を飲んだ。
「この麻婆豆腐は……ラビが?」
「はいですっ! ど、どうでしょうか……上手くできてますでしょうか……?」
「あ、ああ……少なくとも見た目は予想以上に……」
普段のずぼらなラビを見ているせいか、てっきり彼女は料理があまり上手くないものだと思い込んでしまっていた。だが、目の前で皿に盛られた麻婆豆腐の紅く鮮やかな輝きを見てしまえば、それは早合点であったと認めざるを得ない。
豆腐、ねぎ、豚ひき肉、にんにく、生姜──それらが
──“これは間違いなく絶品の一皿だ”。
そう、神の啓示を受けたような気がした。
「た、辰兵衛さん……なんか眼がいつもより
「
感謝。故に、合掌。
間髪入れずに
匙の上でたわわと踊る白い豆腐に真っ赤な豆板醤を絡め、とろとろになったそれを一気に口の中へと放り込んだ。
「ンンッッッ……!!!!!」
そして、電撃が
それが脳髄にまで達した瞬間、僕は確信した。
──この味、『
「ッッボボボボボボボボッ! ボゥホゥ! ブオオオオバオウッバ!」
「辰兵衛さんっ!? どうしました!?」
イスから盛大に転げ落ち、呼吸困難になり手足をジタバタさせる。
食した者に川で溺れて死にそうになる幻覚を見せつけるほどに、この料理はとにかく強烈な味がした。
「ラビ……てめぇ、こいつに何入れた……?」
「特別なものは使ってませんよー? 豆腐と長ねぎと豚ひき肉と、それからその他中華調味料諸々ですねっ!」
「それだけじゃないはずだ……! おそらく“隠し味”がつかわれているッッッ!!」
「……フフフ、さすが辰兵衛さんです。よくわかりましたね!」
指摘すると、ラビはなぜか開き直ったように衝撃の真実を明かす。
「そう! この麻婆豆腐には、隠し味に“ローション”が使われているのデス……ッ!!」
「使われているのデス……じゃあ、ねええええええぇぇぇぇぇぇッ!!」
「そげぶっ!?」
僕の渾身の鉄拳をモロに食らったラビの体が盛大に吹っ飛び、叩きつけられた壁に巨大なクレーターをつくる。衝撃波による風を受けながら、僕は床に這いつくばるラビの方へと詰め寄った。
「なんでこんなものを入れた!? 言えッ!!」
「だ、だってぇ、とろみが増すと思ってぇ……」
「とんだ飯テロ……いやバイオテロじゃねえか! ふざけんな殺す気か!! うっぷ……」
猛烈な吐き気がこみ上げてきたため、慌てて口元を抑える。
こんなものを食べて体調を崩さないわけがない。
「ちょ、ちょっとトイレ……試合は一時休戦ってことで……うぐぅっ」
「はわわ……こんなつもりじゃあぁ……っ!」
「0点、ね。貴女、料理というものを根本からわかっていないんじゃないかしら?」
「うぅ……」
しょんぼりするラビと嘲笑しているネルコに見守られながらも、僕は急いでトイレへと駆け込む。
二人のセクサロイドとしての尊厳だけではない──僕の生死をもかけた闘いは、もうしばらく続くことになりそうだ。
せいしをかけて!セクサロイド 東雲メメ @sinonome716
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