十五発目『突撃! 隣の蒙古斑』

(結局、家に上げてしまったわけだが……)


 素性の知れない来客を家に入れてしまう自分の軽率さに呆れつつも、先程からラビに睨まれっぱなしなその人物を一瞥する。

 自らセクサロイドであると名乗ったメイド服の女性──ネルコはリビングを一通り見回すと、何やら満足げな笑みを浮かべてこちらを振り返った。


「さあさ、御主人様。私めに何なりとお申し付けくださいませ。掃除や洗濯・お食事の支度などなど、ありとあらゆる家事スキルがわたくしには予めインプットされておりますのよ」

「なんだと……? ラビとは大違いじゃないか」

「フフッ、良妻ですので」


 ネルコが妖艶な微笑みを返す。彼女は背丈こそ僕やラビよりも一回り小さいものの、落ち着きある態度はむしろ大人としての気品ささえ漂わせている。初対面であるにも関わらず、いつの間にかつい気を許してしまっている自分がいた。

 しかし、同じセクサロイドであるラビはどうやら彼女の存在が気に食わないらしく、先程から肉食獣のように歯を軋ませている。


「騙されないでください! 辰兵衛さんのお相手に相応しいのはわたしの方ですしっ! それに、こういうセクサロイドに限って誰にでも股を開いてやがるんですよ!」


 セクサロイドってそういうものじゃないの?


「あら? アナタはどうやらこの家に居候として住まわせてもらっているようだけど……。本来ならお世話係であるセクサロイドが逆にお世話されてるなんて、恥ずかしくないのかしらねぇ?」

「キィーッ! この“誰とでもルコ”!」

「アナタこそ、胸にそんなだらしない贅肉を二つもぶら下げて。脳回路まで乳で出来てるんじゃないの?(笑)」

「なんですかっ!!」

「ハン、何よ?」


 何やら目の前で壮絶なキャットファイト……もとい、煽り合い貶し合いが勃発してしまった。まだまだ異性に幻想を抱いていたい年頃の僕にはとても見ていられないものであり、思わず目を背けたくなってしまう。


「と、ところで、ネルコ。お前は“公認の機関から送られて来た”と言っていたけど、あれは本当なのか……?」


 喧嘩を止める目的もあったが、それ以上に先程からの疑問を解消するべくネルコへと質問を投げかける。


「ええ、事実ですわ。私は22世紀の未来より、ある事情から御主人様の遺伝子情報を回収するべく派遣された、政府直属の公式オフィシャルセクサロイドです」

「僕の遺伝子情報……“立梨因子”ってやつか」

「あら、既に存じ上げておりましたか」


 その話については、前にラビから聞いた事があった。曰く、それを未来に持ち帰る事が出来なければ、いずれ人類は絶滅の一途を辿ってしまうのだという。そのような未来を回避するべく、ラビは因子の回収というミッションを課せられたのだと言っていた。


「ん……まてよ。仮にお前の言うことが全て真実だとして、それならラビは政府公認のセクサロイドじゃないって事なのか……?」

「辰兵衛さん、それは……」

「ええ、少なくとも公認セクサロイドの登録名簿にラビなんていう名前はありませんでしたし、彼女に私と同じミッションが課せられた記録もありませんわ」


 ラビは何かを言いたそうにしていたが、ネルコの声がそれを遮った。彼女はさらに追い討ちをかけるように冷徹な声音を浴びせる。


「そもそも公認機関に所属するほどのセクサロイドは、高性能と多機能を備えた一流であることが第一条件。考えてもみてください。人類の未来がかかった重大なミッションを、こんなへっぽこに政府が一任するわけがないでしょう?」


 言われてみれば確かにそうだ。

 これまではどちらかというと、ラビこんなのに人類の希望を託した政府とやらの方に疑問を抱いていたのではあるが。

 散々に言われて流石のラビも黙っていられなかったのか、顔を真っ赤にしてネルコに食ってかかる。


「ちょっと! わたしがへっぽこだって言いたいんですか! スリーサイズならわたしの方が圧勝してますけど!?」

「だって本当のコトじゃない。あのね、セクサロイドは単に性処理が上手ければいいってものじゃないの。掃除や洗濯や料理を完璧にこなし、御主人様の心も体も支える存在となることで、はじめて一人前のセクサロイドと呼べるようになる」


 ネルコの切れ長な瞳が、蛇のようにラビを睨む。そこにはまるで、セクサロイドとしての誇りが宿っているかのようだった。


「ハッキリ言うわ。何もかもを蔑ろにしている貴方に、セクサロイドを名乗る資格はない……いいえ、もう名乗らないで頂戴」


 軽蔑の意図を包み隠さず、ネルコは冷たく言い放った。

 彼女の指摘はどこまでも正しく、それでいて紳士的ですらある。少なくとも、僕はラビを庇ってやれるほどの反論材料を持ち合わせていなかった。


「……は、……です」


 しかし、それでもラビは必死に足掻く。彼女は握り拳をぷるぷると震わせながら、ネルコに向かって正々堂々と叫んだ。


「わたしは……わたし! 辰兵衛さんのセクサロイドです……! わたし以外に辰兵衛さんのお世話役は任せられません!!」


 それは、事実上の宣戦布告であった。

 ネルコはしばらく呆気にとられていたが、やがてその挑戦を潔く受け止める。


「……いいですわ。なら、どちらが御主人様に仕えご奉仕するセクサロイドとして相応しいか、白黒ハッキリつけましょう──







 ──そう、『家事対決』で……ッ!」



 ゑっ。

 ネルコの口から出た突拍子もない提案に、ラビも得意げに応じている。僕だけが置いてけぼりを食らっていた。

 なぜセクサロイドの優劣を決める為の勝負が家事対決なのか。いや、ソッチの技を競われてもそれはそれで困るけども。


「その条件で構いませんでしたよね、御主人様?」

「勿論わたしが勝利を勝ち取りますから、安心して下さいね! 辰兵衛さんっ!」

「お、おう……」


 ……まあ、R-18の描写にならないだけ良しとしておこう。小生垢BANこわいし。

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