#42 Brand-New Myself
その実、オレは優しさ恐怖症の割に、それ故に…それだからこそ――心の底から真に湧き出た
それが意図することが良い意味でも悪い意味でも、それが心の琴線に触れた時、心身ともに大袈裟に反応してしまう。
電話越しに聞こえる神無月の狼狽した声をバックに軽く心象整理というか大袈裟な理論武装。
ほんと…我ながら真に女々しいことではあるけれど。
『ええっ…ちょっと…その……ままままじですか?』
「勿論マジですよ」
僕にはない君のその強かさを、僕には出来無い絶望的状況を耐え得るその心の強さを、一見僕に似ているようでも全く違うその人間性の強さを、僕はもっと見ていたいと思ったこの事実。
相似の君がどんどん変わっていくその姿を君の隣で、貴方のすぐ側で見ていたいと思った。そうであればいいと願った。そうなれば良いと切に祈った。
『それは…いわゆるプロポーズでしょうか?』
しどろもどろの頓珍漢な返答。電話の向こう側で哀れに狼狽する姿が目に浮かぶ。容易に想像できる。
それが却って僕に余裕を与える。故の追求。
「茶化すなよ」
僕は本気であると遠回りの脅迫めいた言い草。
『うっ! でも、その……。あまりにも突然で―――』
こいつ、意外に初心なやつって設定だっけ? もうキャラが崩れすぎてよく解らねぇよ。オレもお前も。
思えば、お互いに初期設定から遠く離れたもんな…。
「いいから。現在お前が言うべきなのはYes or Noのどちらかだ」
返事を貰う立場にあるはずのオレが何故高圧的な態度なのか、程々に疑問であったし微妙に謎であったが無視して流した。
前提から現在に至るまでの道程がそもそも疑念だらけだし、気にしたら負けとも言える気がするから勢いで乗り切りたい所存。
『そ…その。こちらこそヨロシクオネガイシマス…』
「いえいえ。よろしくな、神無月せんぱい」
正直に言えば好感触だとは思っていた。
けれど、もしかすればそれは全部彼女の人智を超えた策略で、僕に見えた好意は彼女のか弱い手の平で無様に踊っていただけかもなんて人間不信のオレらしい予測もしていたけれど、杞憂に終わって良かった。本当に良かった。
『むっ! 何よその白々しく余所余所しい呼び方は。愛しい彼女に対する呼称じゃないわよね?』
あっさり立場逆転。この女、自分で『むっ』とか効果音出しちゃったよ。引くわー。
「まあ…その、照れるじゃん? だってオレ、基本コミュ障だし」
『それでも愛の力で何とかしなさいよ! 彼氏でしょ!』
すげー怒られた。
呼称なんてものはあくまで相対的な記号であって、物事の本質そのものを表すものでは無いのだから、そんなに重大なことでもないと思うのだけど。これだから女ってやつは全く。
「ちなみになんと呼べばいいのかな?」
『勿論ファーストネームで。拒否権はありません』
「……」
一方的だ。かつて不平等条約改正に向けて死力を尽くした政府の苦労がありありと感じられ、その心持ちに涙が出そうだ。
誤魔化しがてらの照れ隠しで咳払いをしてから、君の名前を改めて呼ぶ。
「じゃあ…
『待ってるわ……司くん』
うわっ! 恥ずかしっ! なにこれすげー照れる。ナンダコレ? ものすごい青春っぽい甘酸っぱさでいっぱいだ。
ああ顔から火が出るってリアルに即した慣用句だったんだ…。すげえよ。昔の人マジ言い得て妙だよ。
余りの衝撃に道の真ん中でダイナミックかつエキセントリックなアクロバティック身悶えをしちゃったよ。
この破壊力は洒落にならない。道行く人の訝しげな視線が一身に注がれる。
この場に余りにもいたたまれなくなったので、自宅の隣室に歩を進める。気持ち的にはBダッシュの早歩きで。
『これはなかなか恥ずかしいわね』
神無月さんの衝撃のカミングアウトで思わず足が縺れそうになった。
「おい待てコラ」
『いやだって、思ったよりも全然恥ずかしい』
「知ってたよね? なんとなくこうなるって予想ついてたよね?」
『うん。努力してみるわ』
「え? オレの話聞いてた?」
前後の文脈を華麗に飛び越える女だ。会話のテンポが自由設計。
『それはそうと司くん。彼氏彼女の関係になるにあたって私はあなたに一つ宣誓をしたいと思うの』
ああ、俗に聞いた彼氏彼女間のルールってやつか。二人の記念日がどうこういうあれですか?
そう言えば、神無…いや紫織はクールビューティな外見とは裏腹に結構乙女な思考回路をお持ちだったなと再認識。静かに燃える覚悟を決める。
『そう、限りなく有り得ない、非現実的な呆れるほどに突飛な仮定を嫌々したとします。もし、あなたが浮気をしたら…』
「浮気したら?」
何か予想とは違う気がするな。
これまでの傾向と対策からして、こう胃もたれしそうになるほど甘々な展開になると思ったのだけど、かなり濃い目のブラックな雰囲気だ。愛憎を丁寧にエスプレッソ。なんだか慣れ親しんだ不吉な気配がするぞ?
電話の向こうの彼女は声色を一切変えずに宣誓する。
『あなたを彩り豊かな花畑に変えてみせるわ』
ごめん。オレが言うのも大変難だけど意味不明です。
この根暗少年をメルヘン王子にしてくれると言うのならどうぞご自由に―――なんて的外れもいいところの幻想はもろくも砕け散る。甘々なのはオレの頭の方でした。
『具体的にはあなたの毛穴全てに大小様々色とりどりなまち針を突き立てる』
「こええよ!」
そんな病的でヒステリックな展開予想できるか! 極道もんの方々ですらその非道にむせび泣きそうな拷問じゃねぇか!
リアルに身体的な痛みを伴う花畑人間なんて断固お断りだよ。メルヘンさなんて欠片も感じない、とんでもない植物人間状態じゃねぇか。
神無月紫織の思考回路はミザリィ系の猟奇的な設計。尚且つ会話のテンポは自由設計―――あれだな、製品化及び量産化は無理そうなピーキー仕様だよな。苦情が殺到しそうだ。
恐怖に慄き、自らの選択を早くも後悔し始める少年の恋人はあろうことか、うっとりとした声を漏らしやがった。
『私の彼氏の穴という穴が針山もとい鉢植えへと成長進化するの。素敵ね』
そうね。花園になるのがオレの身体じゃ無ければな。
それが地表上のことならさぞピースフルな話だとは思うよ。オレの毛穴がプランターに成り果てるのは確実に退化だということに気付いてはいない…はずはないよな?
『まああなたが私以外の女に流されなければ、花園計画イン班目司は外界に出ることもなく永久に私の頭の中だけに留まり続けるだけよ』
恋人の初ウィスパーボイスをこんな場面で聞きたくはなかった。
そして、出来るのならその計画は流すだけではなく、無に帰して頂きたい所である。
「うん…オレは紫織一筋です」
『あら嬉しい。私もあなたに首ったけよ? でもあなたは流されやすい上に悪女に好かれやすい
お前以上の悪女には今の所出会ってないよ。
それにしても付き合いの浅い――関係は深くなったけど、出会って数日の神無月にすらそう判断されるほどにオレは流されやすいのか? そろそろヘコみそうだ。
「…うん。全力で善処するよ」
『ならいいの。私もみだりに植林するのは行き過ぎた人間のエゴが見え隠れして好みじゃないし』
針を彼氏に突き立てる植林にエゴ以外の動機を見出せない。
地球に優しさを振り撒くよりもっと大事なことが身辺(詳しくはオレの身体)にはあると思う。
「ソウデスネ。そもそもオレはハーレム系の主人公には向いていないしな。皆を幸せに出来るような大層な器じゃねぇよ」
『あなたはハーレム系主人公としては圧倒的に性格が腐りきっているものね』
「お前さっきから彼氏に対して辛辣過ぎない? 別れ話どころか即刻裁判が始まるレベルの圧倒的暴挙だって自覚してますか?」
普通に暴言じゃねぇかと怒り心頭の僕は愛の水に浸され、冷水に侵される。
『大丈夫。ハーレムなんて建設しなくとも、私だけは司くんの側にいるから』
「おおう…」
気恥ずかしさは天元突破だが、なんか綺麗にオチた気がする。実にいい話っぽくまとまった。
うん。何となくぎらついた圧迫感を感じるが、この辺が潮時だろう。
「まあ、とりあえず帰るんで」そう告げて携帯をポケットにしまう。
さて、僕の隣に引っ越してきた彼女に新しい
根本的には何も解決していないが、そういう些細の積み重ねが次の一歩の始まりだといいね。
長く先の見えない道を進む僕の歩調は軽く――――悪くない。
嘘に沈む真実、嘘で得られる現実 本陣忠人 @honjin
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