誕生日から逆算して諸々考えるのはやめよう

「使用済みの下着がネットで高く売れるらしいの」


「やめなよ?」


「やらないよそんなの。履く分がなくなっちゃうし」


「ねぇ下ネタは?」


〜〜


「球技大会をやりま〜す!」


「嫌だ」


またスーパーで、花上さんと出くわしてしまった俺は、半泣きになりながら、ここ、喫茶ラブドリームに来ていた。今日はコーヒーを一杯だけ頼み、さっさと飲み干して、帰ろうとした矢先、これである。


「だから体操服着てたんだね」


「それは単に服が足らないから」


「……」


「まずはドッチボールからね。各自球は三つまで持ってオッケー」


「やらないよ?」


しかし花上さんは俺の発言をとにかく無視して、店の奥からボールを四つ持ってきた。


「……まさかさ、俺は球が二つすでにあるから、一つしか使えないとか、そんなありふれたネタを使うつもりじゃないよね?」


「だから足りないんだって」


「……」


ならどうして、このルールなんだろう。ツッコミたかったけれど、女の子相手にハンデなしでドッチボールなんてやったら、ツイッターでボロッカスに叩かれそうだから、黙って受け入れることにした。


「いや、やらないよ?」


テーブルを脇に押しやり、微妙なスペースを作る花上さんに対し、俺はもう一度忠告する。


「ルールは簡単。相手に下ネタを言いながら球を投げて、相手はそれをキャッチ。その後下ネタを言い返せればラリーになるし、返せなければ相手に1点。4点とった方の勝ちね」


「なにそれ……」


俺が下ネタを言うわけもないし、花上さんが球を4つ投げた時点で終わりじゃん……。クソみたいなゲームだ。クソゲーオブザイヤー2017に早くも立候補が決まりそう。


「じゃあ私が先行ね!いくぞおおおお!」


スポ根マンガみたいな台詞を吐きながら、花上さんは球を構えた。


「家電コーナーにあるロデオボーイで擬似体験!!!!どりゃあ!」


花上さんは微妙な下ネタとともに、こちらへ勢いよくボールを投げてきた。俺はそれをスルーしたかったけれど、避けた場合間違いなくガラスの扉が割れるので、仕方なく受け止めた。割れて修理費がかかったら、困るのはここに来なければいけない俺だ。


「なかなかやるね」


「まだ何もやってないんだけど……」


「さぁこい!お前の魂を全部ぶつけてみろ!」


「いや、言わないよ?」


俺はボールを床に置き、席に着く。しかし、花上さんの手元にはまだボールが三つあるから、何をしてくるかわからない。……ルール上はあと二つのはずなんだけど、まぁそれはツッコまないでおこう。


「手も足も出ないみたいだね」


「うん」


「手も足も出なくても出るものがあるよね!!!」


言いながら、花上さんは座っている状態の俺に向かって、思いっきり新たなボールを投げてきた。そこそこ早いので、危うく落としそうになる。


「汗かな?」


「……やるじゃん」


「だから何もやってないんだけど」


花上さんはまた新たにボールを構える。


「何もやってないとか言いながら初体験はすでに済ませてる大学二年生の女子が世間を賑わせているこんな世の中にドロップキック!!!!!!!」


言いながら、花上さんは構えていたボールを目の前にふわりと浮かせ、それが足元に到達すると同時に、思いっきり蹴り上げた。


思いの外しっかりと、そのボールは俺目掛けて飛んでくる。少し痛かったけれど、なんとか食い止めた。


「私をここまで本気にさせたのは小太郎くんが初めてだよ……」


「うん……」


「初めてを奪われちゃったね……」


「……」


「次がラスト……」


花上さんはエプロンのポケットに手を突っ込んだ。その手には、何か白いものが付いている。


「まさか、ロジンバッグでも入れてるの?」


「そんなんけないでしょ。こないだもらった生クリームだよ」


「お腹壊すからやめな?」


あれからもう三週間経ってる。普通に保存していても、下手したら傷みだすくらいの日にちなのに……。


「別に、小太郎くんもパンツの中から白いものを取り出して、手につけてもいいんだよ?」


「ボール投げないの?」


「牽制だよ」


「ドッチボールだよね?」


「ただのドッチボールだと思わないで。店の経営がかかってるんだから」


「なにその急展開」


花上さんはまたエプロンのポケットに手を突っ込むと、何か紙を取り出した。それを紙飛行機の形にして、俺に向かって飛ばす。


紙を開いて中を確認すると……。それは、領収書だった。


「私が勝ったら、ボール4つの代金、おなしゃす!」


「アホなのかな」


「アホって言われても努力し続けたやつが頂点に行くんだよ」


「そんな最近のラップみたいなこと言われても……」


それなら、もっと他のものを買えばよかったのに……。と、思う間もなく、花上さんは最後のボールを構える。


「いくよ……。覚悟してね」


「うん……」


「うおおおおおお!!!!」


「ちわー!宅急便でーす!」


「おおお!!……お?」


配達員さんは、叫んでいる花上さんを見た後、救いを求めるように俺に目線を移した。いや、やめてください。保護責任者じゃないです。


「あっ、あぁ。ありがとうございます。わざわざ」


花上さんが今更外面だけ常識人のように作り出して、配達員さんの方へと駆け足で向かう。ポケットからハンコを出して、やや怯えた顔をする配達員さんに微笑みかけるが、逆効果だった。挨拶もおろそかに、配達員さんは荷物を置いて駆け出していく。


「大会は中止だね」


「……延期だよ」


「あっ、そう……」


花上さんは荷物を大事そうに抱えると、店の奥に消えた。今のうちに帰ろうかとしたところで、急いで花上さんは戻ってきてしまった。


「逃げられると思った?」


「そろそろ文字数的に前編が終わるかなって……」


「甘いね。今回は後編はありません!」


「打ち切りってこと?」


「恐ろしいこと言うのやめて」


俺は諦めて、席に着く。しかし、コーヒーは飲んだし、球技大会は延期になったし、これ以上俺を拘束する理由はなんだろうか。


「今君が考えていることを当ててあげようか?」


「どうぞ」


「昨日見たAV、ダウンロードしとけばよかったなぁ」


「それ多分世の中の男子が暇さえあれば考えてるよ」


「バーナム効果ってやつ?」


「ぜんっぜん使い方違うよ」


多分、花上さんは馬鹿だ。いや、振る舞いからして検討するほどもないことなんだけど。クラスに一人や二人いた、本物の馬鹿に違いない。通信簿が1で埋まるタイプの、正真正銘のやつ。


「じゃあ逆に、私の考えてることを当ててみて」


「やだよ」


「ヒントは五文字」


「五文字?」


思考が五文字で収まるって、どれだけ単純な脳みそをしてるんだろうこの人……。


「いや、わからない」


「正解は、金をくれ。でした!」


「うーわしょうもな」


「下ネタがよかった?」


「どうせならね」


五文字だとダイレクトな下ネタがきて伏字になりそうだけど。


「あのね、私だって四六時中下ネタばっかり考えてるわけじゃないんだよ?」


「そうなの」


「例えば朝起きてトイレ入る時とかは、強く自分が女であることを自覚して、色々下ネタが思い浮かぶかな」


「いらないいらないそんな情報」


「ある意味では朝○ちとも言えるよね」


「言えないよ」


こんなこと言ってるけど、この人どうせ一日中経営状況で頭いっぱいなんだろうな。それから目をそらすために、あえて下ネタでカバーを掛けようしてる。そう思うと切ない。


「あのさ、そろそろ俺帰りたいんだけど」


「ダメ」


「なんで。もうそろそろ喋り疲れた」


「精力剤飲む?」


「意味がないと思うんだけど」


花上さんはポケットから精力剤を取り出して、机の上に置いた。なぜか三千円の値札が付いているが、法に触れそうなので無視しておこう。


「実は小太郎くんにお願いがあって、この時間までメンヘラ束縛してたの」


「なにその物々しい字面は」


「あと3秒……2……」


「ちょっとなに」


花上さんは突然真顔でカウントダウンし始めた。俺は思わず席を立って、数歩後ずさる。


「1……0!!」


「……なに?」


「おめでとうございます!!!!本日は私、花上野乃の二十歳の誕生日でございます!!!!ちょうど二十年前のこの時間に、私は産まれました!!!!」


言いながら花上さんは、精力剤の横に、生クリームの入ったカップを置く。ケーキのつもりだろうか。


そういえば、初めてここに来た日、一ヶ月後が誕生日とか言ってたな……。何その微妙な伏線回収。


「……おめでとうございます」


「声が小さい!股間から声出せ!」


「男の股間をなんだと思ってるの?」


「声じゃないものが出る器官」


「やめようか」


俺は席を立ち上がる。しかし、すぐさま花上さんがこちらに来て、手を掴まれてしまった。


「誕生日プレゼントがあったりして」


「……」


「誕生日プレゼントがあったりして!」


「……ないよ」


「プレゼント交換会とかどう!?私からはこの精力剤をプレゼント!」


「絶対いらない」


「今ならこの生クリームもつけちゃう」


花上さんはおもむろに生クリームを精力剤のパッケージに塗り始めた。つけるってそういうつけるかよ……。マイナスでしかない。


「わかったからやめて花上さん」


「わかったような口聞かないでよ」


「別れ際の彼女みたいな発言はいいから」


「誕生日プレゼントがあったりして」


「……じゃあ、次来る時は何か持ってくるよ」


「それでこそ小太郎くん!フォーエバーラブ!フォーエバーラブドリーム!溢れる〜!」


「歌わなくていいから」


花上さんが手を離した隙に、俺は逃げ出した。


……そもそも次も来店するって時点で、それがプレゼントになってしまっているのではないかと気がついたのは、少し先の話である。

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