女上司って表現、エロいよね(後編)
「それにしても最近寒いわね」
「そうですね……」
「私も寒いです。下着つけてないので」
「バカなの?」
〜〜
「はぁ〜。今日も疲れたわね」
「そうですね〜」
「ん〜腰が痛い」
「ちょっと、何で自然な感じで混ざってるわけ」
いつもなら風香と二人で駅まで帰るのだけど、今日は一人多かった。
草薙凛子ちゃん。社長のお気に入り。発言から察するに、彼女も仕事終わりなんだろう。察したくなかったけど。
「あの、菜々子さん、よろしければ、このあと喫茶店に行きませんか?」
「いいわよ」
「私も行きたいんですけど、さっき予約が入っちゃったんですよねぇ」
「がんばってね」
適当に応援しておいた。会社から駅までは徒歩三分なので、すぐに着く。凛子ちゃんは反対側らしいので、ここでお別れになった。
「また会いましょう菜々子さん。社長の性癖の話で盛り上がりましょうね」
「絶対嫌だ。またね」
私たち二人は、ホームのベンチに座って、電車を待つ。
「風香が私を誘うなんて、珍しいわね」
「はい。その、先日営業をかけた喫茶店なんですけど、失敗してからも、個人的に何度か通ってまして」
「あっ、へぇ」
この子、営業の意味わかってるのかな……。
「すごくユニークな人たちがいるんですよ」
「へぇ。賑やかなの?」
「いや、お客さんはだいたいいないです」
「……それ、大丈夫?」
「でも数ヶ月前までは、お客さん一人も来ないくらいだったらしいですし、今は首の皮がギリギリ繋がってるって言ってました」
「大丈夫じゃないわね」
ぼったくられたりしないわよね……。まぁ、カードがあるしいいんだけど……。独身女性の見本みたいな感じで貯金も溜まってるし。
電車が来たので乗る。いつもより二つ早い駅で降りた。
「ここから五分くらいです」
「何でその好条件で、繁盛しないのよ……」
公園を横切る。言われた通り、五分でその場所に着いた。……が。
「何この看板」
「明るいですね」
「そうじゃなくて……」
喫茶ラブドリーム。と書かれた大きな看板。これはまるで、そういうお店みたいな光景だ。
「あれ?でも昨日までは布で覆ってあったのにな……」
「そうなの」
風香は臆することなくドアを開ける。私もあとに続いた。
店内は割とおしゃれ。あまりこういう雰囲気の店に行かないので、物の名称はわからないけれど、何というか……。金の使いどころがおかしいというか……。
「いらっしゃいませ」
店内をキョロキョロしていた私は、目の前の店員さんに気がつかなかった。挨拶されて、初めて存在を確認する。
身長は低め、しかし出るとこは出ているという、私とは真逆の体型。こういう女の子が合コンとかでモテるのよねぇ。まぁ、私合コン行ったことないし、誘われたこともないけど……。
風香に連れられ、席に着く。
「風香はいつも何を頼んでるの?」
「私はこの、たまごサンドですね」
「美味しい?」
「不味くはないです」
「美味しくないのね」
私はあまりお腹が空いていなかったので、コーヒーのみを注文することにした。
「ご注文はお決まりですか?」
「えっと、私はいつもので」
「私はコーヒーを」
「すいません……。今ちょうどコーヒーを切らしてて……」
「えっ、あぁ。はい。じゃあ、アイスティーで」
喫茶店において、コーヒーを切らすなんてことがあるの……?大丈夫なのかしら、このお店。
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
「あっ、外木場さん」
「訊かないでください」
「えっ」
「訊かないでください」
「わ、わかりました……」
風香が命令された犬のように、大人しく引き下がった。微妙な空気が流れる。
「ねぇ風香、この店、いつもこんな殺伐としてるの?」
「いや……。いつもはもう一人店員さんがいて、その方はとても気さくで面白い方なんですけど……」
「へぇ」
「例えば、このおしぼりがありますよね?」
風香は手元にあるやや汚いおしぼりを指差す。そういえば、水と一緒に出てきたこれ、やけに色合いが派手だなぁ……。
「実はこれ、その人のパンツらしいんです」
「は?」
言われて、私は手元にあるものを広げてみる。
……なんてことだ。確かにパンツで間違いない。しかも、デパートでワゴンに乗せられているタイプのそれだ。
「ね?面白いでしょう?」
私はとりあえず、愛想笑いを浮かべておいた。この純粋無垢な風香に、あまりリアルな発言をしたくない。
「お待たせしました」
「わっ。びっくりした」
パンツに気を取られていた私は、いつの間にか近くまで来ていた店員さんに気がつかなかった。
……えっ、早くない?まだ一分も経ってないんだけど。
テーブルの上に、たまごサンドと、アイスティーが並ぶ。
「えっと、嶺井さん。いつも通り三十秒でやっておきましたから」
「はい!ありがとうございます」
ちょっと待って……。さも当たり前かのように行われる会話が怖い。
「ねぇ風香。あんたそれ、たまごサンドよ?冷蔵庫でも日持ちなんてしないのに」
店員さんが去った後で、私は風香にそう言った。
「食事ができるだけマシです」
「……」
その一言で、全てが一掃されてしまった。風香はA5ランクの肉でも食べるかのような微笑みで、たまごサンドを美味しそうに頬張る。いや、お金払ってるんだから……。何でこんなものを……。
そして、私のアイスティー。一口飲んでみる。
「……うん」
「おいしいですか?」
「おいしいわよ」
だってこれ、午後に飲むやつだもん。
「風香、悪いことは言わないから、もっと良いものを食べなさい。お金ならあるでしょ?」
こないだの支部遠征の報酬で、女性が一生を終えられるくらいの金は得ているはずなのだ。
……それはつまり、私よりも上ということになるんだけど。
「お金は向こうの学校に寄付しましたよ。全額」
「バカって言えない……」
「あぁ。だからあの辺りの治安が少し落ち着いたんですね」
「うわっ、もう」
またしても店員さんが近くまで来ていた。
さも当たり前かのように、風香の隣へ座る。
「申し遅れました。私、外木場安実と申します。嶺井さんとは、そんなに仲良くないです」
「私は斎藤菜々子。よろしくね」
後ろの文には触れないでおく。
「斎藤さんですか。何だかエロい通話でもしてそうな苗字ですね」
「初めて言われたわそんなの」
予想はしていたけど、この子もちょっとクレイジーな女の子っぽい。
「あの、外木場ちゃん。このお店、いつもこうなの?」
「そうですね。ただ、いつもなら私はキッチン担当です。フロア担当がのっぴきならない事情で寝込んでまして」
「そうなんだ……」
「まぁ、その事情というのは、生理用ナプキンに包んで言わせてもらうと、男性絡みなんですけどね」
「オブラートに包んで言ってくれない?」
このバレンタインの時期だし、そういうこともあるのかぁ……。かくいう私も、もし小太郎くんに渡すことがあれば、緊張して体調を崩していたかもしれないし、人のことは言えない。
「そうなんですか……。私、全く知りませんでした。昨日まで普通にしていたのに」
「嶺井さんが帰った後ですからね。さつじ……ハプニングが起こったのは」
「ねぇ今殺人って言わなかった?」
「気のせいです」
何なんだこの店は……。できれば、純粋無垢な風香をあまり通わせたくないと思う。純粋無垢というか、バカなんだけど。
風香がたまごサンドを食べ終わったので、私も急いでアイスティーを飲みきった。
「よし、じゃあ帰りましょ」
「そうですね」
「お会計は七百円になります」
「ここは私が出すわ」
「あっ、すいません。ありがとうございます」
風香は丁寧に頭を下げてくれる。いや、七百円じゃかっこがつかないなぁ……。
「ちょっと待ってね……。あっ。ごめん。小銭切らしてる。五千円からでいいかしら」
「……千円札が店にありません」
「……」
次来た時は、もう少し高いものを頼んであげよう……。
〜〜
最寄駅に着いた後、私は家まで歩く時間を使って、社長に電話をかけた。
「もしもし。花上社長」
「どうしたのぉ菜々子」
「頼むから、女の子遊びはやめてください」
「遊んでないよぉ?本気だから」
「余計やめてくださいよ……」
「あたし忙しいから切るねぇ?ばいばぁ〜い!」
「あっ、ちょっ!社長!」
ダメだ。切れてしまった。
……やめようかなぁ。この会社。
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