出会って3秒で後悔 (後編)
「よくまぁコウノトリがどうのこうとか言えるよね。自分たちで言ってて恥ずかしくないのかな」
「誰に対して怒ってるの?」
〜〜
「お待たせしました〜。当店オリジナルのコーヒーとサンドウィッチです」
「美味しそう」
「こちら砂糖と乳ですね〜」
「待ってよ」
目の前に並べられた料理について描写する間もなく、花上さんはおかしなことを言った。俺と目があうと、確信めいたようにニヤける。
「でも考えてみて小太郎くん。砂糖は日本語で、ミルクがミルクなのは変じゃない?」
「せめてさ、シュガーとミルクじゃだめなの?」
「エロくないじゃん」
「エロくなくていいんだけど」
喫茶店に来て、いきなり乳とか言われたら、ドン引きしてしまう。ましてや友人が乳とか言いだしたら、ほぼ間違いなく縁が切れる。
「乳液は乳液って言うよね。乳液だってエロいような気がするのに、何が違うんだろう」
「微妙に反論しづらいこと言うのやめて」
「ミルクシロップって言えばいいのにね」
「あぁわかった。ミルクシロップだと、飲み物と勘違いして小さな子供が飲んじゃうからじゃない?」
「そこですかさずママが、私のミルクシロップで我慢しなさい!!!!!って言うわけね」
「それは家庭によるかもね」
「私の家庭はそうだったよ」
「遺伝かぁ」
それとも、教育か。何にせよ、母親には死ぬまで反省してほしい。
「じゃあ、気を取り直して、いただきます」
「どうぞ。私だと思って食べてね」
「どんな感情で発言してるのそれ」
俺はサンドウィッチを一口かじる。レタスとトマトとチーズが挟まれた、至ってシンプルなものだ。味は……うん。お母さんが作るサンドウィッチって感じがする。まぁ経営的な面から言ってそこまで期待していなかったし、不味くはないから不満はない。というか、他のことに対して不満が募りすぎて、正常な判断ができなくなってる。
「美味しい?」
「美味しいよ」
「よかった。洗剤の味はしない?」
「どういう意味かなそれ」
「ううん。何でもない。大丈夫大丈夫。ノープロブレム」
珍しく花上さんの方から目を逸らした。おそらく、キッチンの担当が席を外して、花上さんが役割を変わった時、何かミスをしたんだろう。
「さっきの乳の話なんだけど」
「うん」
「よく考えたら、ミルクって表現でもまぁまぁエロいよね」
「うん?」
コーヒーを一口。うん。完全にインスタントだよこれ。今朝飲んだよこれ。駅前のスーパーで安売りしてたやつだよこれ。
「だから、砂糖の方をなんとかしたいよね」
「うん」
「わかった。砂糖じゃなくて蜂蜜にして、蜜って言えばエロくなる」
「うん」
「蜜と乳!どう?小太郎くん!」
「そろそろ帰るね。ごちそうさま」
「今帰ったら料金四千円だよ」
「経営難だからってリアルなぼったくり方するのやめてくれない?」
せめて表の看板の電気代だけでも削ればいいのに。あとこの無駄にいい感じな内装もやめれば……。
「せめて全部食べきってから帰ってよ」
「そのつもりだよ。花上さんが変なこと言わなければ」
「別に変なこと言ってるつもりはないんだけど。ただ私は、お客様に向けて最大限のサービスを施そうとしてるだけで」
「多分、黙ってるのが一番のサービスだよ」
「申し訳ございません。当店ではそのようなサービスはしておりません……」
「いきなりマニュアルみたいな発言するのやめてよ」
きちんと四十五度くらいに頭を下げる花上さん。育ちはいいのかな。いや、何言ってんだそんなわけない。
「で、蜜と乳の話に戻るけど」
「引っ張るね」
「もうサンドウィッチもエロくしちゃおうかな」
「どうぞ」
「柔らかい生地で具を挟み込んだマター。とかどう?」
「まずね、これパッサパサだよ」
どう考えてもここに置かれてる料理の具材は、先ほどのインスタントコーヒーも含め、駅前のスーパーで安売りしてたものだ。毎日食べてるものと同じ味がする。
「あとね、マターとかそういう難しい言葉を使うとだいたい失敗する」
「それはそうかもね。官能小説とかでも、理解できない言葉が出てくると、萎びるよね」
「生えてないよね?」
「ねぇ小太郎くん。具はスルー?」
俺はとりあえずこれらの安売りからなるメニューを消化するべく、急いで口に放り込み始めた。まるで朝寝坊した時みたいな掻き込み方だけど、よく考えたらこれ、本当に我が家のただの朝食と変わらないじゃないか。これで五百円……。名古屋の喫茶店が聞いてあきれる。
「小太郎くん。そんなに急いでしゃぶりついてどうしたの?」
「一切しゃぶりつくような食べ物はないんだけど」
「哺乳瓶ならあるけど」
そう言って花上さんは、エプロンのポケットから哺乳瓶を取り出した。もうあえてツッコむことはしない。
「これにコーヒーを入れてしゃぶりつくのはどう?」
「火傷するでしょ。馬鹿なの?」
「火傷するほどの熱いキスって、そういう意味なのかもね」
「違うと思う」
「じゃあこの、小太郎くんが使わなかった乳を入れちゃおうかな」
「多分少量すぎて出てこないんじゃないかな」
そのミルクもスーパーで見たことある。なんならこの皿も、カップも、スーパーの中にある百円ショップで見たことあるやつだ。なんだこの店。早く帰りたい。
「ねぇ小太郎くん。アフターサービスは?」
「一応訊いておくよ。どんなサービス?」
「皿洗い」
「俺がサービスするのかよ」
「その代わり私が小太郎くんの体を」
「ねぇほんと経営難と相まって本気に聞こえるからやめて」
と、無駄な会話をしながらも、何とか全ての料理を倒しきった。長い戦いだった。もう二度とここには来ないでおこう。
会計をするため、レジに向かう。しかし、一向に花上さんがこちらへ来なかった。
「花上さん。お会計お願いします」
「もう帰っちゃうの?夜はこれからよ」
「昼間なんだけど」
距離的に会話がしづらいので、仕方なく俺は元の位置に戻った。
「あの、頼むから帰らせて」
「十発出すまで帰らせないから」
「……」
「諭吉を」
「あのねぇ」
「野口でもいいから!お願い!」
うわぁ。ついに土下座し始めちゃったよ……。どうしよう。
「あの、だからさぁ。改善点はたくさんあるじゃん。看板外したりオシャレな家具売ったり」
「看板外すのには業者を呼ばなきゃいけないわけ。それを払う金がない。あとこの家具売るっていったってどうやって売るの?質屋は遠いし免許ないからレンタカーも借りれないしそもそもカーをレンタルする金もない!」
顔を地面につけながら叫ぶ花上さんはあまりに悲惨だった。さっきまで呑気に、乳だの蜜だの言っていた人とは思えない。
「いや、看板はせめて電気つけなければいいのに」
「……あの看板は呪いの看板よ。一度つけたらこの店の光熱費が尽きるまで輝き続ける」
「ほんとに馬鹿なんだね」
「ねぇお願い!見捨てないで!あなたがこの店を建てて以来二人目の客なの!一年で経ったの二人!」
「せめて看板を布で覆うとかさぁ」
「……それだ」
花上さんはいきなり立ち上がり、店の奥に引っ込んだかと思うと、でかい脚立と、無理やり引きちぎったっぽいカーテンを持って、帰ってきた。
そのままの勢いで入り口へ、俺があとを追いかけた頃には、もう看板は覆われていた。人を超えたスピードだ。そのスピードをもっと経営とかに活かせばいいのに。
「これで……お客さん増えるかな」
「無理だと思うよ」
「な、なんで」
「……なんとなく」
場所的にはそんなに悪くない。閑静な住宅街から少し外れた場所。まぁ一日に十人くらいは目に入れてくれていると思う。だけど、何でだろう。なんか誰も来ない気がする。それは多分話の都合上その方がスムーズだからっていや、何でもないですごめんなさい。
「あの、これ、五百円」
「……ありがとうございます」
五百円玉を百年ぶりに見るかのようなウキウキ具合で、頬ずりしたり、なでなでしたりする花上さん。俺はあまりに悲しくなって、その場から早足で立ち去ってしまった。
「あっ!ちょっと待って」
すると、花上さんが後ろから追いかけてきて、俺の手を掴んだ。
「なに?」
「これ、受け取って」
花上さんがエプロンのポケットから取り出したのは、哺乳瓶ではなく、名刺のようなものだった。
……裏を確認すると、「やっほー!ののたんだよ!今日は楽しかったね〜!小太郎くんのテク最高!また指名して!待ってる〜♡」というふうに、ピンクのペンで書いてあった。
「あのね、花上さん」
「喜んでくれた?」
「そういうところだと思うよ」
「なにが?」
俺は名刺のようなものを花上さんに返すと、駆け足でその場を立ち去った。後ろから、なにやら叫び声が聞こえたが、その声を聞くことはもう二度とないだろう……。
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