何回出しても止まらない下ネタ(後編)
「マンボウってマンの棒ってことだしエロいよね」
「それなら発音的に綿棒の方がよくないですか?」
「帰りたい……」
〜〜
「じゃあ作りますね」
「よろぴく〜!」
「……」
「あれ?どうしたの小太郎くんそんな賢者タイムみたいな顔して」
「どんな顔だよ」
あまりにも精神的に疲れているせいか、何の面白みもないツッコミをしてしまった。
なんてことはない。外木場さんはこの、喫茶ラブドリームのキッチンだったのである。どうりで俺の名前を知ってるわけだ。
今日頼んだのは、ハンバーガー。なんと八百円もする。しかしまぁそろそろお年玉の時期だし……。えっ、二十歳のニートがお年玉をもらうのかって?やかましいな。外野は黙ってろよ。
「彼女はね、この店の一番最初の客なの」
「へぇ」
「案の定意気投合して、雇ったけど、今では私の財産の一部を合法的に食い荒らす害虫になってるの」
「本音が思いっきり出たね」
自分で雇っておいてそれはないだろう。というか、あの人を雇うまで、料理とかも自分で作ってたのか……?あぁいや、違う。客がこないから料理する機会もないんだった。
「小太郎くんもたくさん出していいんだからね」
「この店に来たくない」
「だーめ。まだ出しちゃ。たくさん我慢して」
機械が読み上げたみたいな無機質な発音で言われてしまった。
「ていうかさ、花上さん。あの人は何歳なの」
「同い年だけど?」
「つまり、彼女も元ニート?」
「違う違う。元犯罪者」
「……ちょっと本気で帰ってもいい?」
「待って。犯罪者と二人きりにするつもり?」
花上さんの俺を見る目が、いつになく本気だった。
なんだこの急展開。打ち切りになる漫画みたいなターンだ。
「俺がいない間は二人きりじゃん」
「耐えてるの。わかる?」
「いや警察に言おうよ」
「バカだね。犯罪者は何度でも蘇るんだよ。何年かしたらまたここに来て、何されるかわからない」
「すごいごもっともだし、花上さんからそんなまともな発言が出たのもびっくりだよ」
それくらい、これは大変な問題なのだろうか。何だろう、アホみたいに下ネタ言われてたあの頃(一分くらい前だけど)が懐かしく思えてくる。
「ねぇ花上さん。ちなみに犯罪って?」
「……それはわからない。ただ私の独自のデータベースにより、犯罪者であるという事実と、そのせいで高校を退学になっているという情報がね、うん」
「その独自のデータベースとかいう言葉のガバガバさには目を瞑ろう。とにかく外木場さんがヤバいやつってことは理解した」
「これ内緒ね。もし誰かに漏らしたら、お互い東京湾に沈められるから」
「こんな喫茶店に連れてこられた挙句、気付いたら危険な秘密を握らさられていた俺の気持ちになってみてよ」
「出すのも漏らすのもダメ、オッケー?」
「無理やりすぎる」
「楽しそうですね」
俺と花上さんは、同時に声の方を見る。外木場さんがハンバーガーを持って、真顔で立っていた。
……その真顔が何を意味するのか、考える前に、花上さんが行動をとる。
「あ、あのね外木場さん。これは違うの」
「何がですか?」
「あの、いや、うん。えっと、別に妊娠したわけじゃないの」
「落ち着いて花上さん」
明らかにキョドッてる花上さんを見るのは面白い。けど、このままだとさすがに怖いな。
「二人とも、様子がおかしいです。何を話していたのですか?」
「……ん?外木場さん、私たちの会話、聞いてなかったの?」
「えぇ。今来たところですから」
「なぁ〜んだ」
花上さんは背もたれに思いっきりもたれる。俺もゆっくり息を吐いて、外木場さんからハンバーガー受け取り、一口かじった。うん。何だろう。レタスしか入ってないハンバーガーなんて、初めて食べた。これもう詐欺なんじゃないのか?
「レタス、美味しいですか?」
「ハンバーガーが美味しいか訊くべきじゃない?」
「そのレタス、私の実家で採れたものなんです。私という子供を作るだけでは飽き足らず、レタスまで作るなんて、どれだけ生殖マニアなのか」
「頼むから農家に謝ってくれ」
しかしそうやって聞くと確かに、手作り感があって美味しく感じてしまう。ただ味付けも何もない大量のレタスをパンで挟んだだけの代物を見て、なんというか、観光地みたいな商売感が否めなくなってしまってる自分が嫌だ。
「私も食べていい?」
「どうぞ。そう言うと思って、花上さんの分のレタスを用意してます」
外木場さんはエプロンのポケットから、レタスを一枚取り出して、花上さんに渡した。そのポケット芸、店のマニュアルにでも書いてあるのかな……。
「うーん美味しい!よく濡れてて!」
「みずみずしいって言ってくれない?」
「シコシコで美味しいね!」
「それは麺とかに使う言葉なんだけど……」
「でもツルツルシコシコって完全に下ネタですよね」
「知らないよそんなの俺に言わないで」
もうこれ、二人で会話成立するし、俺、黙っててもいいかな……。次回からは小説を持ってこよう。
「ところで、私が犯罪者って話なんですけど」
「ぶはっ」
花上さんがレタスを吹き出した。
「や、やっぱり、聞いてたんだ」
「まぁ多少は」
「あのね、外木場さん。これは私の独自のデータベースに基づく独自の判断で、もっと言えば独自というより適当な判断なの。デタラメなの。だから気にしないで」
「本当ですよ」
「え」
「私、犯罪者です」
空気が静まり返る。どうしよう。これ、逃げたほうがいいのかな。突然ここで外木場さんが豹変して、襲いかかってきたり暴れたりしないよね?大丈夫だよね?むしろ某江戸川さんみたいに、罪を暴かれた犯罪者みたいな自白タイムが始まるのでは?そうなのでは?
「……ごくり」
「花上さんそういうのいらないから。黙って」
「私は、確かに罪を犯しました。どんな罪かは言えません。でも、言った場合間違いなく二人とも、私を見捨てて逃げ出してしまうでしょう」
「わ、私は逃げ出したりしないよ。それよりも、どんな犯罪をしたか教えてくれた方が安心できるというか?ほ、ほら。なんか下ネタがらみの罪だったら、ね?うん。キャラだし。個性だし?」
「残念ながら……」
「……」
お、重苦しい空気だ。下ネタが恋しい。
告白できないほどの罪なのか。というか、なるほど。花上さんが下ネタプラス貧乏キャラなのに対して、外木場さんは下ネタプラス犯罪者キャラなだけじゃないか。よかったよかった。解決。帰ろう。
俺は席を立ち上がり、ドアに向かう。しかし、やはり外木場さんに回り込まれてしまった。このしなやかな動き。今なら説明がついてしまう。
「……と、いうわけで、仲良くしてくださいね。渡辺さん」
「してもらおうという努力をしてよ」
花上さんは口をあんぐり開けて固まっている。アレはしばらく使い物にならないな……。
「ところで私、最近誰かにつけられてるみたいなんです」
「犯罪者キャラを増幅させないで」
「でも、なぜかこの店にいる間は、追っ手の気配が全くしないんですよね」
何だそれ。何の魔力だよ。そりゃあお客さんも来ないわけだ。
「だから私、雇いの話を頂いた時は本当に都合いいなって思いました」
「本当だね」
花上さんにとっては地獄の始まりだったわけだけど。
「ここまで下ネタでお互いを高め合える相手に出会ったのは初めてですからね」
「高め合う……?」
「なので、最初渡辺さんが来た時も、いつ下ネタを言うのかと心待ちにしていたのに」
「期待に答えられなくて悪かったねぇ」
「まぁ男女が下ネタ言い合う光景って、何ていうか、らんこ」
「はいストップダメダメ」
あまりに生々しい下ネタは規制がかかりかねないのでNG。微妙に伝わるところで止めさせるのが俺の仕事だ。
「まぁとにかく、これで賑やかになるし、小太郎くんも毎日来てくれるよね?」
「うわびっくりした」
やや青ざめた顔で、助けを求めるように、花上さんが言う。
「でもさ、俺だってニートなんだから、金がたくさんあるわけでもないし」
「常連さんはおまけするよ」
「実家にもっと野菜を送るように頼んでみます。来てくれれば、毎回その野菜を分けますよ」
「親戚のおばちゃんじゃないんだから……」
その野菜、花上さんにあげればいいのに……。
「あとどうしてもって言うなら私のヴァージンをあげてもいいよ」
「あっ、私もどうぞ」
「あのね下ネタは別に尻軽ではないからね?」
「口も下もまだ新品だから」
「私は下だけですが」
「え?」
「え?」
「冗談です」
俺と花上さんは同時にホッと息を吐いてしまった。さすがに経験者が下ネタを語るのは汚い。あくまでそこはボーダーラインを引いてもらいたいところだ。
「ところで渡辺さんはヴァージンですか?」
「何で俺、ホモ前提なの」
「だって小太郎くん、これだけの美少女二人に下ネタ言われても、嬉しい顔しないんだもん」
「EDですか?」
「違います」
「EDって私、エロい男子って意味だと思ってたんだよね昔。だから、エロくなさそうな男子のことをEDって呼ぶ人を見て、不思議に思ってた」
「いらないエピソードぶちこむのやめてくれない?」
「ぶちこむとか、乙ですね」
「それもう花上さんとやったから」
「私と……やった?」
「中学生かな?」
だめだ。らちがあかない。このままだと息をする間もなく下ネタを打ち込まれて死んでしまう。帰ろう。
「あの、そろそろ本当に帰るから」
「また明日来てくださいね」
「いや、明日は…….」
「あれ、明日はクリスマスイブ?」
「あっ、本当ですね」
店にかけてあるカレンダーを三人で見る。確かに、明日はクリスマスイブだ。
「よし、じゃあ明日はパーティをしよう。らんこ」
「それさっき外木場さんでやったから」
「外木場さんとやった……?」
「短時間に同じネタはまずいと思う」
頼むから二人は事前に今まで言った下ネタを全部共有しておいてほしい。じゃないと、一日に二回同じツッコミをしないといけなくなる。今後に活かして欲しい。
「じゃあ、わかった。明日来るから、今日はもう帰らせて」
俺は外木場さんを見る。回り込んだりしないですよ〜。みたいな顔して、こちらを見ていた。いや、実際のところ真顔なのだけど。
ようやく外に出たところで、花上さんが追いかけてきた。
「まだなんかあるんですか」
「……私が殺されたら、あとは頼むよ」
「そういう作品じゃないから大丈夫」
あくまで犯罪者はキャラ。大丈夫。信じよう。
最後まで不安そうだった花上さんに手を振り、俺は帰路に着く。
……明日のパーティ。サボろう。
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