九十分一万五千円、ホテル代別(前編)
「中絶って、中はダメ、絶対。の略かと思ってた」
「私は中に出して、絶対。だと思ってたよ」
「すご〜い言葉遊びだ」
〜〜
「お兄ちゃん、突然だけどお金は余裕ある?」
「はっきり言って、ない」
元日、というか昨日。だいたい二万円くらいは使ってしまったような気がする。貯金がそこそこあるけれど、厳しいのは確かだ。
「あのね、今日実は、友達も呼んでて……。大学生なんだけど」
「何してんの」
ていうか、不登校なのに友達いたの。
「大丈夫だよ?胸がでかい子だから。きっとお兄ちゃんを満足させられると思う」
「そういう話じゃなくてさ」
「ホテル代込みが売りの子なの!」
「本当によくないよそういうの」
華子は高校一年生。そういう話に、しかも女性で、首をつっこむのはやめてほしいんだけど、怖いから、見て見ぬフリをしてる。
「じゃあ紹介します!この子が私のお友達で〜す」
「あけましておめでとうございます〜」
扉を開けて、玄関に入ってきたのは、見覚えのある人だった。
「あれ、あなたは……」
「なになに。お兄ちゃんリピーターなの?」
「言い方が悪い。えっと、草薙さんだよね」
「そうです!胸のでかい草薙です!」
言いながら草薙さんは、胸を強調するためだけに着ているかのようなニットを、さらに強調してこちらにグイグイ寄ってくる。いや、物理タイプの下ネタおばけは初めてだ。緊張する。
「凛子ちゃんは当店の人気ナンバーワンなんだよ」
「なに当店って」
「気にしないほうがいいよ」
「なら言わなければいいのに」
「あの、お兄さん。今日は私危険日なのでその……」
「しないから大丈夫だよ」
一応念のためだけど、華子は高校生だから、そういうお店で働いてるわけじゃない。多分。手助けしてるとか、そういうことのはずだ。そう信じたい。法には触れたくない。
「でも、まさか華子ちゃんのお兄さんだったなんて……」
「奇遇だよね」
「友達の兄弟がお客様として現れたみたいな気分です」
「んーちょっとわからないけど、まぁいいや」
とりあえず、今更断るのも申し訳ないので、買い物には一緒に行くことにした。要するに、出費が二倍……。そろそろ働かないとマズいのかなぁ。
「お兄ちゃん安心して。今日私たち、後で二人きりになりたい用事があるから、お昼ご飯を奢ってもらうだけでいいよ」
「あっ、そうなの」
二人きりの用事に深い闇を感じたけど、そこは触れないでおこう。
「よーし、じゃあ、高級バイキングへ、レッツゴー!」
「ちょっと待て。今なんて?」
「高級店へレッツゴー!」
「何でわざわざ言い方変えたんだ」
「お兄さん!私はリーズナブルですよ!」
「人間に対して使う言葉じゃないよそれ」
かくして、俺たちは、高級バイキングへ向かうことになった。毎年この時期、近所のホテルのバイキングが、やや安くなるのだけど、あくまで、ややなので、一般人にはかなりキツイ値段だ。それを三人分。あれ、足りるかな……。
前に二人、後ろに俺、という配置で歩いていく。
「ねぇお兄ちゃん。バイキングでは何を食べたい?」
「んー。ローストビーフとか?」
「そこは、凛子ちゃんを食べたいなぁ!でしょ。わかってない」
「そうですよお兄さん。食べ放題なんだから、欲を解放しないと」
「食欲だけでいいよね解放するのは」
「わわっ、と。危ない……コケそうだった」
「後ろ向きながら歩くからだよ……」
ただでさえドジっ子属性なのに……。
「お兄ちゃんは草食系だよね」
「現代向けでしょ」
「あーあ。こんなんだから少子化なんだよ。うちの店も最近は客が減ってるし」
「だから何なのそのアピール」
「私の胸の話ですか?」
「そのアピールもすごいけどね」
花上さんwith外木場さんの時も思ったけれど、二対一は卑怯すぎる。疲労が二倍だし、今日に至っては出費が三倍。年始だからってボーナスが過ぎるのでは。
「でも、草食系男子は逆に現実で接点がないから……ん?これは利用できる?お兄ちゃんありがと!参考になったよ!」
「よくわからないけど、妹の役に立てて嬉しいよ」
「ついでにあそこも勃てちゃいましょうか」
「何してるの草薙さん」
立ち止まってしゃがみ込み、俺の膝元にぬるっと滑り込んできた草薙さんを避ける。
「このサービスは料金込みですよ?」
「草薙さん、大学でもそんな感じなの?」
「何言ってるのお兄ちゃん、仕事とプライベートは別に決まってるじゃん」
「あっ、そうか」
ごもっともなことを言われてしまった。
いやちょっと待って。今仕事なの?
「でも近頃は、女性でも利用できる風俗店があるらしいね」
「いきなり何の話?」
「そうなの?でも女性同士だと、フィニッシュはどうやって判断するのかな……」
「まぁどちらかというと、温もりを求める方だろうね。一番長くて二時間だとしても、最後まで到達するとは思えない」
「帰ってもいい?俺」
「いいけど、私たちの食事代を、凛子ちゃんに余分に稼いでもらわなきゃならなくなるよ?」
「ついていきますついて行かせてください」
「わかりました。すぐイかせますね」
再び俺の膝元に滑り込んできた草薙さんを避ける。草薙さんは俺に避けられたせいで、地面に頭をぶつけていた。いや、そんな勢いよく滑り込んでなかったでしょ……。ドジというか、運動機能に障害があるんじゃ……。
「お兄ちゃん、昔から、女の子とすぐ仲良くなるよね」
「そうかもしれないけど、最近はあんまりそれはいい方向に働いてないよね」
「ん?どういう意味?それ。そんなにあっちこっちで孕ませてるの?」
「えっ、素朴な疑問なんだけど、何でその発想が一番に出てくるの?」
「現に私も今日危険日ですからね……」
「だから何もしないんだけど」
いつの間にか俺たちは、三人横に並んで歩いていた。二人の意図はわからない。けど、危険度が増したことは確かだ。集中集中。
「お兄さん、腕を組んでもいいですか?」
「嫌です」
「組んでないと転んじゃうんですよ」
「それはもうドジっ子じゃないよ」
「いいじゃんお兄ちゃん。何も損することないよ?」
「正論だけど、嫌だ」
あくまで俺は下ネタに対して真摯にツッコみをしていく。ただそれだけでいたい。というか、大学生で水商売してる女の子と腕を組むのは、何というか、涙が出てしまいそうになるから、無理だ。
「お兄さん、ひょっとして、胸のでかい女の子は嫌いですか?」
「いや、好きだよ」
「お兄ちゃんのベッドの裏のエロ本、だいたい巨乳ものだもんね」
「そんなもの持ってないんだけど」
今時そんなベタなとこに隠している男子はいないだろう。
「まさに草食系男子って感じだね。エロ本くらい持っててよ」
「そもそも買うのが恥ずかしいんだよ」
「あー。私のお客さんにもそういう方いますよ」
「えぇっ」
そういうお店に行くほど勇気のある人でも、エロ本は買いづらいのか……。どうでもいい……。
「ていうかさ、二人とも、これからたくさん食べるのに、よくそんな生々しい下ネタをズバズバと言えるよね。気分悪くならない?」
これは今ここにいない二人にも言えることなんだけど。そもそも飲食店で下ネタって、噛み合いが悪すぎてしょうがない。
「私は全然。だって、普段はもっと……あっ、何でもない」
「私もですね。アフターの時は、要するにそういうことをしてから食事ですから……」
「訊いたのが間違いだったよ。ごめん」
俺は二人から一歩だけ下がり、再び最初の陣形に戻る。と、その時、左隣にいた草薙さんがバランスを崩した。
「えっ、大丈夫?」
「ちょっとお兄さん。急に動かないでください。こけそうになったじゃないですか」
「何の因果関係もないよね?」
「お兄ちゃん、謝った方がいいよ」
「……ごめんなさい」
釈然としないけど、仕方ない。ドジっ子だもんね。うん。
「全く。お腹の赤ちゃんに何かあったら大変だよ?」
「適当いうなよお前」
危険日云々の話はどこへ行った。
「まぁ私の場合、こけてもある程度胸でカバーできますけどね」
「そんなアシストプレイみたいな言い方されても」
「アシストプレイってなに?二人でエッチしているところをアシストするプレイ?」
「華子ちゃん、それはただの3Pじゃない?」
「はいストップ」
放っておくとまた二人の会話がどんどん膨らみそうだったので、レフリーのごとく止めておいた。
「ちなみに当店の3Pの料金は」
「行かないから」
「年末年始はやっぱり頼まれるお客様が多いです」
「いらないからそんな情報」
何だろう。花上さんの場合は、貧乏ネタが小休憩みたいになってたけど、この二人の場合、ほぼ八割がた下ネタで構成されてるから、より体力の消耗が激しい。
そろそろ限界を迎えつつあるところで、ようやく目的地に到達した。
「よし、着いたね。普通のホテル」
「普通のってつける必要ある?」
「お兄さん私、緊張してきました」
「まぁ確かに、これだけ高級感あるとね」
「そうじゃなくて、バイキングで皿を落とさないか……」
「……多分皿も高いし、気をつけようね」
と、いうわけで、やや緊張しながら、俺たちはホテルに入った。
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