花の都の動物弁護士、姫様とさよならする?🐕🐁🐈🐇🐖🐦

 王様とネズミが対決した裁判はこのようにして無事に解決したのである。


 そして、その日の夜に宮殿のパレ・ロワイヤルで行なわれた舞踏会は、マリー姫を歓迎するためにとても華やかで盛大なものとなった。


 この舞踏会の主役はもちろんマリーだったが、裁判で大活躍した動物弁護士のシャサネンも招かれた。シャサネンは、


「辛い裁判をともに戦った同志であるネズミのムナールも舞踏会に招待してあげたいのですが……」


 と、ルイ十四世にお願いしたのだが、


「宮殿の舞踏会にネズミを招いたら、貴婦人たちがおどろいて大変な騒動になってしまうだろう」


 と断られ、かわりにムナールにはルイ十四世がいつも食べている超高級チーズが贈られた。もちろん、ムナールはすごくうれしそうにチーズを食べていた。


 というわけで、シャサネンは特別ゲストとして舞踏会にやって来たのだが……。


「僕は踊れないんだった……。踊ることができないのに、舞踏会に来ても意味が無いよ。とほほ……」


 豪華な服装の貴族たちが美しい貴婦人と手を取り合って優雅に踊っているのを舞踏会広間のすみっこで見つめながら、シャサネンはそうぼやいていた。


「サラさん、ちゃっかりダルタニャンどのと踊ってもらっているみたいだな。いいなぁ、一緒に踊ってくれる相手がいて……。だれか下手くそな僕でも笑わずに踊ってくれる人はいないだろうか……」


 そうつぶやいたシャサネンは、(マリー様が声をかけてくれたら……)と思い、すぐに(そんなバカなこと、あるもんか! 身のほどをわきまえろ! あの子はプリンセスなんだぞ!)と自分を心の中で叱った。


(マリー様と出会ってまだそれほどたっていないが、力を合わせて動物裁判に挑んだ日々はとても楽しかった。まだ弁護士になりたてで肝っ玉が小さい僕がここまでがんばってこられたのも、いつも明るくて真っ直ぐなマリー様に勇気をあたえられてきたからだ。……でも、彼女はもう僕の助手ではなくなるんだな……)


 マリーは、これからは宮殿で暮らすに決まっている。もしかしたら、もう二度と口をきくこともできなくなるかも知れない。


「仕方ないこととはいえ、さびしいな……」


 シャサネンはそう言うと、手の甲で涙をぬぐった。


「シャサネンさん、どうしてこんなすみっこにいるんですか? 見つけるのに苦労しましたよ。一緒に楽しみましょうって言ったのに」


「え……?」


 気がつくと、目の前には、キラキラとまばゆく美しいドレスを身にまとい、アンヌから贈られたあの首飾りをしたマリーがいて、シャサネンに微笑みかけていたのである。


「私と踊りましょう、シャサネンさん」


「あなたのように高貴でとびっきり美しいお姫様が、僕みたいな動物弁護士と踊るだなんて……。この舞踏会には、僕よりももっと立派な男性がたくさんいるんですよ? それなのに、なぜ僕なんかと……」


 シャサネンが自分を卑下してそう言うと、マリーはクスクスと笑った。


「シャサネンさんは、女の子をおだてるのが本当にお上手ね。サラにキザな男だと陰口をたたかれても仕方ないわ。『とびっきり美しい』だなんて、おおげさよ」


「き、キザ!? ぼ、僕はおだてようと思ってほめているわけではないんですよ。裁判では動物たちを弁護するために考えついたことをパッと言わなければいけないから、その癖が普段の生活にも影響してしまって、思いついたことを声に出して言ってしまうんです。だから、僕がマリーさんに言った言葉は、全て僕の本音なんですよ」


 シャサネンは恥ずかしそうにうつむきながら言った。マリーはちょっと頬を赤らめて「ありがとう」と言い、うれしそうに笑った。


「だったら、私も本音を言いますね。私はね、あなたがこの花の都で一番立派な男性だと思っているの。動物たちを救うために裁判で一生懸命戦うシャサネンさんは、とてもかっこいいわ。……だから、私はあなたと踊りたいと思うんです」


「マリー様……」


 シャサネンとマリーはたがいの手を取り合い、ゆったりとしたテンポで踊り始めた。


 マリーは舞踏会に出るなんて初めてのことだし、シャサネンはダンスが大の苦手である。二人のダンスはかなりぎこちないものだった。


 しかし、シャサネンとマリーは失敗するたびに照れくさそうに笑い合い、仲良く踊り続けたのである。


(たぶん、これがマリー様と一緒にいられる最後の時間だ。思いきりダンスを楽しもう)


 そう思い、シャサネンは夢のような時間をマリーとすごすのであった。




            🎻   🎶   💕




 宮殿の舞踏会が行なわれた翌日の朝。


 シャサネンは、白兎亭の自分の部屋で窓辺に座り、早朝のパリの街をぼんやりと眺めていた。


 今朝は、指定されたゴミ捨て場にゴミを捨てに行く市民の数がいつもより多い。昨日の裁判でマリーに叱られて反省した人たちのようだ。パリのゴミ問題はすぐには解決しないだろうが、マリーのおかげでちょっとは改善されるかも知れない。


「なあ、リュリュ。僕たちはもうあの姫様には会えないんだ。さびしいな……」


 足元でピョンピョンと飛び跳ねていたリュリュに、シャサネンはそう言った。


 マリーは自分の手の届かない場所に行ってしまったのだと思うと、昨日一緒にダンスを踊ったことが夢か幻のように感じられ、とても切ない。


「はぁ……。幻でもいいから、もう一度、マリー様に会いたい……」


 自分をいつもはげましてくれた太陽のような笑顔を思い浮かべ、シャサネンはそうつぶやいた。


 白兎亭の前に一台の馬車がとまったのは、そんな時であった。


 何だろうと思い、シャサネンは窓から見下ろしたのだが……。


「…………え? ええ!? ま、マリー様!? それに、サラさんまで!」


 馬車から出て来たのは、なんとマリーだったのである。黒猫のニーナを抱いたサラも一緒だった。


(幻でもいいから会いたいと願ったから、本当に幻覚を見てしまっているのだろうか?)


 シャサネンがそんなふうに考えてパニックになっている間に、マリーとサラは白兎亭に入り、シャサネンがいる部屋までやって来たのである。


「シャサネンさん、ただいま!」


「どうも、シャサネンさん。相変わらず汚い部屋ですね」


 マリーが満面の笑みであいさつし、何だか不機嫌なサラが裁判関係の書類でぐちゃぐちゃに散らかっているシャサネンの部屋を見回しながら嫌味を言った。


「ふ……二人とも、なんで戻って来たんですか? これからは宮殿で王様と一緒に暮らすのではなかったのですか? ……あ、もしかして、白兎亭に忘れ物でもしましたか?」


 シャサネンがどもりながらそうたずねると、マリーは「いいえ」と答えた。


「しばらくの間、白兎亭で暮らすことになったんです」


「え! 宮殿を追い出されちゃったんですか!?」


 シャサネンがおどろいてそう言うと、サラが「失礼な!」と怒った。ビビったシャサネンは「す、すみません」とあやまる。


「私が、そうさせてもらえるように王様にお願いしたんです。私は、もっともっとたくさんのことをシャサネンさんのそばで学びたい。そう言って、王様から許可をもらったんです」


 マリーは、シャサネンを真っ直ぐに見つめながら、そう言って語り出した。


「私、シャサネンさんの助手をしながらたくさんのことを学ぶことができました。私が一番おどろいたのは、こんな大都会でも、私たち人間は動物たちと密接な関係を持ってともに生きていたことです」


「はい、そうです。僕たち人間と動物は大昔から友だちで、長い歴史を一緒に歩んで来ました」


「だけど、たまに動物との共存関係がうまくいかなくなることがある……。プティたちペットを誘拐したオーノア伯爵や、お菓子を食べられた腹いせにネズミたちを訴えた王様みたいに、その原因が人間たちの悪い行ないやわがままにあったとしても、自分たちのあやまちに気づかない人間たちは動物のせいにしてしまうことがあります。そんな動物たちの弁護をして、言葉が話せない動物の代弁者となる、動物たちの味方がシャサネンさんなんです」


 マリーにそう言われて、照れたシャサネンはちょっと顔を赤らめた。


「花の都パリは、たくさんの人々が暮らしている街ですが、同じようにたくさんの動物たちが生きている場所でもあります。私は立派なプリンセスになり、花の都をもっと素晴らしい都市にしたい。そのためには、この街で暮らす人たち、人々と共存している動物たちのことをもっとたくさん知る必要があります。……でも、宮殿の中に閉じこもっていたのでは、そんなことは何も学べません。だから、シャサネンさんの助手としてこれからもいろんなことを学びたいと考え、ここに帰って来たんです」


「ご立派な考えです、マリー様! 僕は大歓迎です!」


 マリーが戻って来てくれた! その喜びのあまり、シャサネンはマリーに抱きつこうとした。


 だが、そんな大胆なスキンシップは、マリー姫の侍女兼ボディーガードであるサラが許すはずがない。


「無礼者! ニーナ、この無礼な動物弁護士をやっつけなさい!」


「にゃー!」


「ぎゃー! またまたひっかかれたーっ!」


 ずでーん! と、シャサネンはずっこけた。


 そんなシャサネンを見て、マリーとサラはクスクスと笑っている。


「姫様が最初、白兎亭に戻りたいとおっしゃった時は、せっかく宮殿で暮らせることになったのに……と思っていましたが、姫様に『もっと学んで成長したい』という強い意思があると知り、私も感動しました。このサラも、姫様と一緒に多くのことをこれからも学んでいきたいと思います」


「ありがとう、サラ。シャサネンさんのお仕事の手伝い、がんばりましょうね」


「……こんな頼りない男の助手ということがはなはだ不満ですが……。承知いたしました」


 二人の会話を聞いていたシャサネンは、


「ひ……ひどい言いようですね……。本人が目の前にいるのに……」


 と、ぶつぶつと言っていた。


 そんな時、エレーヌがあわてた様子でシャサネンの部屋にやって来たのである。


「ちっこい弁護士さん! 大変だよ! また動物裁判だ! シャトレ裁判所から呼び出しの手紙が来たよ!」


「え!? 訴えられたのは、何の動物ですか?」


「子馬だよ! 飼い主の貴族が乱暴なあつかいかたをしたせいで馬小屋から脱走して、通行人と衝突してケガをさせてしまったらしい!」


「なるほど! 子馬なら未成年であることを理由に処罰を軽くすることができる! 場合によっては、飼い主の未成年者監督不行き届きを追及して無罪にできるはずだ!」


 シャサネンは頭を目まぐるしく回転させながらそう言うと、勢いよく立ち上がった。


「マリー様、サラさん! 行きましょう! 動物が助けを待っています!」


「はい、シャサネンさん!」


「わかりました。シャサネンさんのためではなく、姫様のためにがんばります」


 三人は、大急ぎでシャトレ裁判所へと向かうのであった。



            😺   🌸   🐰




 ……こうして、今日もまた花の都パリでは動物裁判が行なわれる。そして、その法廷には、動物たちの弁護のために雄弁をふるう動物弁護士シャサネンの姿があり、彼を助ける助手はフランス王家のプリンセスであるマリー姫だったのである。


 動物裁判は、ウソのようで本当に昔あったできごと。


 もしかしたら、読者のみなさんのペットの中には、動物裁判でシャサネンのような弁護士に命を救われた動物の子孫がいるかも知れない。特に、外国からやって来たマルチーズ犬を飼っている人は、シャサネンに感謝しておいたほうがいいだろう。


 そうしたら、動物が大好きなわりには動物に嫌われやすいシャサネンも、ちょっとは報われるはずだから……。


                                                    おしまい🌟





<ちょっとディープな用語解説>


〇子馬なら未成年であることを理由に処罰を軽くすることができる

動物裁判でも、訴えられた動物が幼い場合、それが配慮に入れられることがあった。毛虫ですら幼虫だと「未成年」扱いを受け、裁判で配慮されたらしい。

ほとんど人間と同等な扱いを動物にする動物裁判では、動物たちにも「生存権」や「保有権」が認められるケースがあったので、被告の動物が幼かったら裁判で配慮されるのは当然のことだったのだ。



〇飼い主の未成年者監督不行き届きを追及して無罪にできる

通常の動物裁判では、動物の犯した罪は動物だけの責任ということで、飼い主に罪が問われるケースは少なかった。

しかし、子供がブタに食い殺されたりなどの重大な事件、あきらかに飼い主が動物の管理を怠っていたなど、場合によっては監督責任が問われるケースもあった。

飼っている動物たちを没収されたり、裁判の費用を負担させられたり、飼い主としての過失の度合いに応じて罰則が与えられた。また、罰金を命じられて、課せられた罰金を全て払い終えるまで投獄された飼い主もいる。





   😻🍰🐶🍬🐷🍕🐦🍭🐑🍏🐭🍊🐂🍷🐴🎂🐧🍉🐖🍎😺🍇🐕🍋🐠🍖🐖

    最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました!

    ネコの裁判、馬の裁判、ブタの裁判など他にも色んな動物

    の裁判を書いてみたいなぁ、できたら続編を書きたいなぁ

    という希望はありますが、とりあえずここまでのエピソー

    ドが小学館ジュニア文庫小説新人賞で二次選考を通過した

    内容です。

    いちおう「完結」とさせてもらいますが、もしも新作エピ

    ソードを書き上げることができた時は公開したいと思いま

    す。(だいぶ先になるかも知れませんが汗)

    皆様のご感想、お待ちしております!

   😻🍰🐶🍬🐷🍕🐦🍭🐑🍏🐭🍊🐂🍷🐴🎂🐧🍉🐖🍎😺🍇🐕🍋🐠🍖🐖

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

花の都の動物裁判 青星明良 @naduki-akira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ